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第二章 後悔と迷い①
雨は陽が沈んでも降り続いていた。遠くで雷がゴロゴロと呻っている。雨に打たれながらカイは工房へととぼとぼと歩いていた。
「カイ! ずぶ濡れじゃないか! 早く入れ」
庭先まで来た時、ヨエルが玄関扉を開けて叫んできた。
工房に入るとヨエルは「ニーナぁ! 拭くものー!」台所に向って叫ぶ。
「この雨の中、何のんびり歩いてたんだよ」
ヨエルが笑いながらカイの顔を覗き込んだ。そして、その異変に気付き低い声で尋ねてきた。
「……何か、あったのか」
その時ニーナが奥から顔を出した。
「カイ、おかえりー。わ、ずぶ濡れ!……え? どうしたの?」
笑顔で入って来たニーナも異変に気付き心配そうな表情を浮かべる。
「すまん……ヨエル……俺は……」
喉の奥が詰まった感覚に、声がうまく出せない。カイは足元から崩れるように床に両手をついた。
「お、おいっ、城で何かあったのか?!」
ヨエルが焦った声で問いただしてくる。
カイはヨエルの顔を見られなかった。
「俺、マティアス様に酷い事を……」
「はぁ?! な、何したんだよ!」
カイの言葉にヨエルの口調が険しくなる。
カイの目からは涙が溢れ出てきた。
「……ひ、酷い……抱き方をした……。あれじゃ暴行だ……」
そう告げるとヨエルはカイの胸ぐらを掴んで上を向かせた。
「はぁ?! どう言うことだよ?!」
「……俺じゃなかった……あの人は好きだった人に俺が似てたから、気に入ってただけなんだ……」
泣き顔をランプの下に晒されて、カイは絞り出すように言った。
「そ、それで陛下に乱暴したのか!? 馬鹿か! お前、処刑されるぞ!」
『処刑』という言葉を聞いて、心臓がドクンと跳ねた。恐怖とは違う何か別の感情だった。得体のしれない興奮が灯る。
(あの人に処刑されるなら……処刑されたら、あの人の側にずっといられる……)
何故か確信に近くそう思った。
「お前だけじゃない! 僕やニーナだってただじゃ済まないんだぞ!」
「に、兄さん止めて!」
興奮したヨエルが人形のように覇気を無くしたカイを揺さぶり、それをニーナが必死に止めてきた。
「ちょっと、一旦落ち着こ! カイがこうして帰ってきたってことは、お咎めが無かったってことでしょ? あの王様がカイに刑を与えるとは思えないよっ」
ニーナの分析にヨエルが幾分か落ち着きを見せ、カイの胸倉から手を離した。
「……国王様の寵愛を得ろって言ったのは僕だが、お前がそこまで落とされてどうするんだよ!」
驚きと怒りが治まらないヨエルが呆れたように
吐き捨てた。
「兄さん……カイにそんな指示だしてたの?」
ニーナは軽蔑するように兄を見た。
床に座ったままのカイはぽつりと呟いた。
「……最初から……初めて見た時から……俺は、もう落ちてたんだ……」
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