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第二章 後悔と迷い⑤

「マティアス様のお母上のセラフィーナ様は駆け落ち同然でカノラ村の領主と結婚しました。それが私の伯父です。伯父は早くに亡くなってしまいましたが、セラフィーナ様はマティアス様と共にカノラ村に残ってくださいました。私はマティアス様の二歳上で、本当に姉弟のように育ったんです」  カイはなんとなく腑に落ちた気がした。  ロッタのマティアスに対する態度が侍女の枠を超えていた気がしたからだ。だが恋慕的な感じもしなく、何か母性めいたものを感じていた。 「マティアス様が五歳の時に『黒霧の厄災』がこおり、セラフィーナ様が身罷れマティアス様は城へ引き取られました。とても泣いて引き止めたことを覚えています。城へ入って半年頃にマティアス様は手紙の中で『将来騎士にする男に出会った』と語っていました。その方がウィルバート・ブラックストンという方です」  その名を聞いてカイの胸はざわついた。マティアスが『ウィル』と愛おしそうに呼んでいた声が蘇る。 「マティアス様が成人されて半年程経った頃、私は当時の国王イーヴァリ陛下直々に城へと呼ばれました。魔物の襲撃でウィルバート様が亡くなったと。なのでマティアス様の世話と心の支えになって欲しいと。再会してすぐの印象はとても大人になられ、冷静で日々執務をこなされていると感じました。しかし……夜になるとうなされて毎晩泣かれていたんです。悲鳴のように声をあげて、髪を掻き毟り、抜けた金髪が寝台のそこら中に散らばって……『ウィル、ウィル、ごめん、ごめん』ってずっとおっしゃられてて……」  ロッタは辛そうに顔をしかめて語っていた。 「当時はお食事を召し上がっても戻してしまわれることが多くて、専属の術師に吐かないように魔術をかけさせていました。無理矢理にでも身体を維持し、イーヴァリ陛下の跡を継ぎ国を守るためにと必死に生きてらっしゃるようで……。そんな生活ももうすぐ八年です。王として働く時以外は本当に抜け殻のように過ごしてらして……でも!」  ロッタは声を張りカイを見た。 「カイ様が現れてからは本当に毎日が楽しそうでした! 瞳の輝きが五歳のあの頃と同じで、私は本当に嬉しかったのです。『ロッタ、髪型変じゃない?』とか『お茶に誘ったらおかしいだろうか』とか、カイ様が来られる時は本当にソワソワされてて、それがとても可愛らしくて……」 (だがそれは俺に向けられた好意ではない……)  カイの荒んだ心の中でその考えが響く。  マティアスが自分の来訪を楽しみしてくれていたことも亡き男への想いからだと思うと嫉妬心に変わる。  だが、 「仕立てて頂いた服、マティアス様は自室に飾られて毎日眺めてらっしゃいます。本当に嬉しいみたいですよ……」 「そ、そうなんですか……」  カイは驚き顔を上げた。  微笑んだロッタと目が合う。  その言葉は暗闇に差した一筋の光のように感じた。  服はそのウィルバートとか言う男とは関係のないカイだからこそのものだ。それをマティアスが気に入り眺めてくれている。  カイは初めてマティアスが自分自身を見てくれているような気がした。

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