152 / 153

第二章 誕生日と輝飛竜⑥

 上空からの落下でマティアスを抱えたカイは湖の深くまで沈み込んだ。  水中は藻で淀み視界が最悪だった。  カイはマティアスを左脇に抱え右手と両脚で懸命に水を掻く。しかし二人ともフロックコートを着込んだ状態で抵抗が大きく上手く浮上できない。  一旦離れて水中で服を脱ぐべきか。  だがそれでマティアスが自分から離れ、流されてしまったら……と思うとカイは離すことができなかった。  息が続かなくなりゴボッと口から漏れた泡が水中を登っていく。 (このまま、この人とここに沈むのか……?)  なんだかそれも悪く無いように思えてきた。  そう思った時、辺りが赤紫に光り輝き始めた。  息を吸えない苦しさを感じながらもその赤紫の光を見つめた。すると身体が勝手に浮上し始める。 「ぷはっ!」  水面まで浮かび上がるとカイは思いっきり空気を吸い込んだ。 「マティアス様っ!」  マティアスの顔も水面から出し呼びかけるが応答が無い。  二人の身体は赤紫の光に包まれたまま水面を進み、岸に打ち上げられた。  なんの魔法かは分からないが、マティアスの防衛魔術のようなものではないかとカイは考えた。どちらにせよ岸までたどり着けたのだからもう理由などなんでも良かった。 「マティアス様! マティアス様!」  水際ですぐにカイはマティアスの頰を叩き必死に呼びかけた。するとマティアスが顔を歪め、『がはっ』と咳込み水を吐いた。 「マティアス様……!」  マティアスは薄っすら目を開けたがかなり意識が朦朧としている。 「止血します」  カイはそう言うとマティアスを短い下草の生えた場所まで抱きかかえて運び、そこに降ろすと濡れた服を脱がした。 「……っ!」  カイは息を飲んだ。  マティアスの左胸、肩の付け根辺りに輝飛竜の爪が食い込んだ穴がぽっかりと開き血が溢れ出ていた。  そして傍らにはあの木製のペンダント。  それは木目に沿って斜めに真っ二つに割れ、革紐についた上半分しか残っていなかった。ペンダントに彫られた男鹿と目が合う。カイは手当ての邪魔になるそれを外し、自身のズボンのポケットへ入れた。  そしてカイは上着とシャツを脱ぎ、シャツの水気を絞るとそれを引き裂き、布の一部をマティアスの傷口に詰め残った布で肩から背中にかけて固く縛った。  さらに体温が下がらないようにマティアスのシャツやコートの水気も絞り再び着せ、ズボンも同様に対処した。マティアスの白い肌は血の気が引き、より白くなっていた。

ともだちにシェアしよう!