153 / 153

第二章 誕生日と輝飛竜⑦

 濡れた被服は脱がしにくく思いの外時間がかかってしまった。カイ自身はフロックコートだけ絞り、素肌にそれ着るとあたりを見回した。  登れそうな木を見つけ、急ぎそれに登る。  登りにくい革靴でなんとか辺りを見渡せる位置まで登った。  太陽の位置から方角を確認する。太陽は既にだいぶ低い位置にあり、辺りを赤く染め始めていた。その西の方向に民家しきものが見えた。  目指すべき場所が決まった。  夜が更けるまでにあそこへたどり着きたい。暗闇の中を怪我人を背負って歩くのは危険だ。獣や魔物も出てくる。  カイは急ぎ木を降りるとマティアスの元に駆け戻った。 「マティアス様、村があります。そこまで頑張りましょう」  カイがそう呼びかけるとマティアスが薄っすらと目を開けた。そして何か言いたげに唇を震わせる。 「ん? なんですか?」  カイはその唇に自身の耳を近づけた。  耳にマティアスの微かな吐息を感じた。 「……ウィル……」  微かな音として耳に入って来たその名に、カイは頭を殴られたような感覚に陥った。  カイは一旦マティアスから離れた。  離れたと言っても背を向け、二、三歩進んだ程度の距離だ。そしてその場所にしゃがみ込み、地面を見つめ、思いっきり叫んだ。 「あああぁぁぁっ!!」  そして地面を拳で叩いた。 「クソッ! クソッ! 何なんだよっ! ふざけんなよ!!」  一介の仕立て屋ごときが飛竜に飛び乗り、空を飛び、湖で溺れかけてまで必死に助けた愛しい人は、結局昔の男の名を呼ぶ。  わかっている。マティアスは今朦朧としているのだ。悪気があるわけではない。カイとてマティアスに感謝されたくてした行動では無い。ただただ守りたかっただけで勝手に身体が動いたのだ。  だが、死ぬか生きるかの瀬戸際でマティアスが思い浮かべているのはやはりあの騎士になるはずだった男のことなのだ。その事実がカイの心を抉ってくる。  カイは地面を殴る手を止めた。 (こんなことをしている場合じゃない……冷静になれ!)  急がなければ本当にマティアスは死んでしまう。あの騎士の元に逝ってしまうのだ。  カイは歯を食いしばり、マティアスに向き合うと意識のほとんど無いその身体を背負った。 「あんた……俺にここまでさせて、死んだら絶対に許さないからなっ!」  カイはマティアスにそう呼びかけて森へと歩きだした。 第二章 異国の仕立て屋と黒衣の王 完 …………………………………………… 《お知らせ》  ここまでお読み頂きまして誠にありがとうございます。  第二章の連載が終わるまでに第三章を書き終えるつもりですが、正直申し上げますと全然終わっておらず……。次の投稿までしばらくお時間を頂戴いたします。  第三章で最終章となります。  まずは私自身が納得出来るものにしたいと考えております。  差し出がましいお願いではありますが、お気に入り登録等をしてだだけますと、連載再開時に通知がいくと思います。どうぞ最後までお付き合いいただけますと嬉しいです! ※再開しましたら、こちらの書き込みは削除します。 2024.10.27 雉村由壱

ともだちにシェアしよう!