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第三章 絶望の淵で⑥
魔術師がマティアスの前に歩み出た。
そして右手をマティアスの胸の前に掲げると、傷口が赤紫の炎に包まれた。
「なっ! 燃えてる?!」
「大丈夫。これが私の力だ」
カイの動揺を左手で制し、魔術師は術を続けた。
傷の上でゆらゆらと揺れている炎。その下に見える傷は確かに血が止まり、薄い膜が張っていくように皮膚が再生されていく。
「す、凄い……!」
初めて見る治癒魔法にカイだけでなくその場にいた二組の老夫婦も驚きつつ見守る。
再生された皮膚が少し厚くなって来たかと思った時、炎がゆっくりと消えていった。
「私の能力ではここまでだな」
魔術師はそう言って手をおろしてしまった。
「だが安静にしていれば死なない程度には回復している。折れていた骨も接いだ。そこらの医者よりは格段にマシなはずだ」
カイはマティアスに近づきその患部を確認した。
穴は完全に塞がったわけでは無さそうで、再生された皮膚の内側で赤い肉と血が透けて見えている。しかしマティアスの顔色は先程とは雲泥の差で、生気が戻ってきているとわかった。
「あ、ありがとうございます!」
カイは魔術師に跪き感謝を表した。
「じゃ、私は帰るから」
魔術師は薄っすらと笑みを湛え、あっさりと家から出て行った。カイは魔術師の後を追いながら再び礼を述べた。
「本当に、本当ありがとうございます! 実は私たちは今文無しで……でもどうにかして治癒費はお支払いしますので……!」
「いいよ。金なんてべつに欲しくない」
魔術師はそう言うと足を止めてカイに向き合った。そして人気の無い森の手前で囁いた。
「それより、あの子を完全に回復させる方法があるよ」
「えっ、そうなんですか……?」
魔術師が美しい顔でニヤと嗤う。
「身体を繋げて行う治癒魔法がある」
「……それは、どういうことですか」
嫌な予感を抱えつつカイは尋ねた。
「私があの子を抱くってことだよ。流石に意識の無い状態でするのは気が引けるからね。あの子が目醒めたら聞いてみてくれ。今すぐ帰りの旅に出たいなら完治させる方法もあると」
カイは絶句した。
この男はマティアスを抱かせろと言っているとしか思えない。それにこの魔術師、カイ達が遠くから来たことを知っているような口ぶりだ。
「ま、このまま自然に治るのを待つのもありじゃないかな。治る頃にはきっと雪が降ってるだろうから、春までこの村で休暇を楽しむと良いよ」
嫌味のような台詞にカイは半ば無意識に魔術師を睨んでいた。
(この魔術師、まさかソレが目当てでわざと完治させなかったのか……?)
「私はしばらく領主の家に滞在しているから、完治させたいならあの子を連れてくるんだな。じゃあね。……そろそろあの子の元に戻った方が良い。田舎者の見世物になる」
「えっ?!」
カイは驚き老人の家を見た。玄関に背の高い男が玄関先に立ち中を伺っている。
カイはすぐにマティアスの元に戻ろうと思い、魔術師の方を再び振り向いたがそこにはもう誰も居なかった。
「き、消えた……?」
視線の先は暗い森を抜ける暗い道だけ。
カイは驚きながらも相手が魔術師なだけにカイには想像も出来ない何かの術を使ったのだろうと判断し家へと戻った。
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