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第三章 絶望の淵で⑦

「お前たち、いい加減に帰れ! 怪我人を覗きに来るなんぞ悪趣味だぞ!」  カイが老人の家へと走り戻ると、老人の怒号が響いた。小柄で年老いているとは思えない声量が夜の集落に響き渡る。 「そんなんじゃねぇって! 俺はっ!」  玄関まで来ていた若い男が怯みながらも反論しようとしていた。家の周りにいた他の人々はスルスルと水が引くように各々の家へと戻っていく。  カイが玄関先まで来ると男が気付きカイに向って言った。 「あ、あんた! これ、使えよ」  男はぶっきらぼうに布の束を差し出してきた。 「えっ、」 「ハラルド爺さんちっせぇから、着られる服無いだろ。俺のボロだけどさ。やるよ」  カイは渡されたものを見た。シャツとズボン、さらに寝巻きもある。カイと同じくらいの背丈の男はカイよりも筋肉質で身体が大きい。この男の服ならば問題なく着られるだろう。  よくよく見れば自身が酷い格好をしているとカイは気付いた。ズボンは若干乾いてきてはいるものの湿っていて、森を歩いてきたので泥や枯れ草の屑で汚れていた。さらに上半身は裸で先程老人から借りた上着を羽織っているだけだ。 「ああ、なんて! ありがとうございます!」  カイは感激し心から感謝を伝えた。ニッと笑った男の顔にまだ少年らしさを感じる。男はそのまま手を振りあっさりと帰って行った。 「ま、野次馬根性でもたまには役に立つな」  老人はそう言いながらカイの背中を押し、当然のようにカイを家の中に入れた。  家の中に入りカイはマティアスを見た。マティアスは毛布をしっかり掛けられてスヨスヨと穏やかに眠っている。この老夫婦がしっかり村人達の好奇心から守ってくれていたようだ。 「あ、あの、本当にありがとうごさいました! それで……目が覚めるまでもうしばらくここに置いていただきたいです。どうか、お願いします」  カイは老人に頭を下げ頼んだ。 「当たり前だっ。まだまだ安静が必要だろうに。そんなことは気にしなくていいから、お前さんは着替えて、何か食べたほうがいい」 「そーよ、スープがあるから召し上がんなさいな」  老人はまるで叱りつけるように強い口調でいい、老婆はにこにことしながらお盆に乗せたスープとパンを運んできた。  カイは部屋の隅で服を脱ぎ、先程貰ったシャツに袖を通した。使い古された木綿の温かい感触が心地よい。  着替えるとテーブルにつき、よそって貰ったスープを一口飲んだ。温かさと程よい塩味が染み渡り、自分自身がとても疲れていたことに気付かされた。 「あんた達、本当に運が良かったなぁ。こんな田舎に魔術師なんて滅多に来ねぇよ」  カイは出してもらったパンにも齧りついた。咀嚼しながら涙が溢れ出てきた。  マティアスの命が助かった安心感。  そして初対面にもかかわらず助けてくれたバルテルニア王国の人々の優しさ。  泣きながら食事をするカイの肩を老人はポンポンと叩き「良かったなぁ。本当に助かって良かったなぁ」と言った。  カイは余計に涙が止まらなくなった。

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