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第三章 髪を撫でる手①
翌朝、マティアスはまだ眠っていた。
カイは老夫婦にマティアスのことを『フォルシュランドの伯爵家の息子レオン』と紹介し、自身のことは『レオンの友人で商人のウィル』だと名乗った。苗字は名乗らなかったが特に聞かれなかった。
老夫婦は夫のハラルド・エクルンドと、妻のヘルガ。二人でこの村に長年暮らしていると聞いた。
昨夜もう一組いた老夫婦は隣家の住人で、藁束を運んでくれたり、マティアスをそのベッドに乗せるのを手伝ってくれたらしい。
「顔色が良くなってきたわね」
ヘルガがマティアスの顔を覗き込み嬉しそうに言った。
カイはヘルガが作ってくれたごく薄いパン粥をマティアスの唇に匙で含ませていた。
カイは夜の内にマティアスの身体を拭き、若者から貰った寝巻きを着せた。寝巻きは丈が長くそれ一枚でマティアスの足首あたりまで覆えた。傷部分は皮膚が薄く心許ないのでヘルガから布を貰い包帯のように巻いている。
「あなたも少し休みなさいね。二階のベッド使ってもいいし」
「ありがとうございます。でもここに居させて貰います。俺、床でも問題なく寝られますので」
カイはやんわりと断った。森で暮らしてた時を思えば、屋根があるだけてもありがたい。それにマティアスの側は離れられない。
そしてヘルガは畑仕事に出て行った。ハラルドも既に出ている。季節は秋。収穫や冬支度に忙しい時期だろうに、昨夜は夜中までこの大騒ぎに付き合わせてしまったことをカイは申し訳なく思った。
マティアスに何口か粥を飲ませるとカイは床に座ったままマティアスが眠る藁のベッドに上半身を伏せた。
両腕に顎を乗せながら、アルヴァンデール国王の寝顔を不躾にも眺め続ける。閉じられた瞼を縁取る金色の長い睫毛。寝顔もやはり美しい。いくらでも眺めていたいと思った。だが早く目覚めて欲しいとも思う。でないとやはり安心できない。
そんなことを思っているうちに瞼が重くなってきた。
よくよく思い返せば、祝賀会用の服作りにこの一週間睡眠不足だった上に、昨日は輝飛竜に乗って空を飛び、湖で溺れながら泳ぎ、マティアスを背負い森をひたすら歩いたのだ。身体は疲れ切っていた。
カイはそのまま吸い込まれるように眠りに落ちた。
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