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第三章 髪を撫でる手②
「ほら、いらっしゃい」
ソファに座った母が微笑み、膝をポンポンと叩きながら手招きする。もう膝枕なんて歳じゃないと思いつつも今日は甘えたいと言う気持ちが強かった。一瞬の躊躇いを呑み込みソファに腰をおろすと、母の柔らかな腿に頭をなげだした。
「どうだった? 怖かった?」
「別に……」
母が柔らかな手で頭を撫でてくれる。
強がっているが本当はとても怖かった。
今日、初めて父に連れられて坑道に入った。
坑道は階層ごとに深く入り組み、想像よりも広く、暗く、不気味だった。
坑道がある山は二百年から三百年に一回、巨大で凶悪な魔物が現れ毒を撒き散らすと言う。前回それが起こったのが約三十年前。
『だから今が一番安全な時で、今が一番石を掘らねばならない時だ。私とお前の世代はそれを背負う義務がある』
と父は語った。
約三十年前に魔物が出た時、王様や王様の家族など四人が死んだと聞いた。それ以前にも何百年、何千年と昔からあの山では多くの人が死んでいるのだ。それを怖いと感じないわけがない。
「強い子ね。私はね、ここに嫁いで来てからずっと怖いわ。今は安全だよって言われても、もしかしたらって思うとやっぱり怖い。特にあなた達を産んでからもっと怖くなった」
「……ふーん」
普段は厳つい坑夫達にも啖呵を切る母ですら、あの山が怖いと思っていた事を知り、自分の恐怖心も恥ずべきものでは無いように思えてきた。
母は恐怖心を拭い去るかのように髪に指を通し優しく頭を撫で続けてくれる。
「あー、兄ちゃんだけずるい!」
「ずるい〜」
母を独り占めしていた所に弟と妹が走り寄ってきた。母の膝枕で寝転んでいる所へ、二人で揃って抱きついてくる。
「ぐぇっ! お前ら苦しいっ!」
睨んで責めるが二人とも「エヘヘ」と笑いながら腹に乗ってくる。
「もう、仔犬みたいにじゃれついてっ!」
母が笑いながら犬を撫でるように三人の頭をそれぞれぐしゃぐしゃに撫で回した。
母と子供三人で揉みくちゃになって笑った。
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