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第三章 髪を撫でる手③

 頭を撫でられる感触を心地よく感じながらカイは目を覚ました。  つい先程まで見ていた夢がスッと霞んで消えていく。とてもとても幸せな夢だったのに何だったのかもう思い出せない。ただただ頭を撫でられる感触は鮮明で……。  カイはハッとして顔を上げた。  二つのエメラルドを嵌めたような瞳と目があった。カイの頭を撫でていたらしい白い手が髪からするりと滑り、顎髭まで辿る。 「マティ……ッ!」  驚きながらも呼びかけたその名を飲み込んだ。そして部屋を見渡す。まだハラルドもヘルガも帰ってはいないようだ。  カイは大きく一つ深呼吸し、声を落として目を覚ましたマティアスに囁いた。 「ご気分、いかがですか? 輝飛竜に襲われたこと、覚えていますか?」  マティアスは左胸に手を当てるとこくりと頷いた。 「何が……どうなった……?」  まだ声に覇気は無いがその瞳はしっかり覚醒していると感じ、カイは心底ホッとした。ホッとして涙がこみ上げそうになるのをグッと堪え、平静を装って説明した。 「輝飛竜に掴まれてそのまま空を飛びました。私も止めようとして輝飛竜に乗ってそのまま……。それで……ここはバルテルニア王国です」  カイの言葉にマティアスは目を見張り、唖然とした表情を浮かべる。 「ここはバルテルニアのルンデと言う村で、ここの村人達に助けてもらいました。それで、貴方の事は『フォルシュランドの伯爵家の息子、レオン』と。私は『その友人で商人のウィル』と名乗ってますので、そのように振る舞ってください」  カイの話を聞いてさらにマティアスは驚いた表情を見せた。 「うぃ、ウィルって……」 「貴方が朦朧としながらそう呼んだんです」  カイはそれを思い出し、少し腹立たしさが戻ってきた。そして咳払いを一つし、マティアスを見て言い放った。 「だから、ここでは俺はあんたと対等な友人として振る舞う。そもそも国を出れば身分なんて関係ないし。いいよな?」  マティアスは仰向けに寝たままでポカンとしていたが、すぐに頬を紅潮させて首を縦に振った。 「わ、わかったっ。よろしく頼む」  マティアスの返事にカイも頷いた。 「傷はこの村にたまたま来てきた魔術師に治してもらった。だが完全には治ってない。それで……」  カイは魔術師から言われた完全に治す方法を説明しようとしたが一旦飲み込んだ。起きてすぐ話す事でも無いだろうと判断した。 「それで、傷が癒えるまでしばらくこの村に滞在するしかない。それか、自分で自分に治癒魔法をかけることができるなら、話は変わってくるが……」  カイがそう尋ねるとマティアスは首を横に振った。 「治癒魔法は自分には使えない。他者を思いやる気持ちに反応して妖精たちが治してくれるものだから」 「じゃあやはりここでしばらくお世話になるしか無いな。マティア……レオンのいつもの生活のように使用人や豪華な食事は無いから覚悟してくれ。しかも俺たちは一文無しだ。全てここの人たちが善意で恵んでくださっている。失礼の無いように」  起きてすぐのマティアスには酷ではあるが、大事な事なので一気に伝えた。マティアスは真剣に頷きながらそれを聞いている。 「わかった。私は子供の頃田舎で暮らしてたから、それほど感覚はずれていないと思う」  カイはそれを聞いて少しホッとした。そもそも質素倹約の王マティアスだ。我儘な王様ではなく運が良かったと感じた。 「それで、質問なのだが、」  マティアスがカイに尋ねてきた。目覚めたばかりで当然色々な不明点があるだろう。 「なんだ?」 「なぜ私は(うまや)で寝ているんだ?」  その質問にカイは頭を抱えそうになった。先程とは打って変わり今後のここでの生活が一気に不安になる。 「ここは厩じゃない。助けてくれたエクルンドさんの家だ」 「えっ……」  マティアスは驚き口を手で覆った。自身の失言を理解したようだ。 「ここで何か疑問に思ったことがあったらまず俺に聞け。いいな」 「わ、わかった……」  マティアスは戸惑いつつも頷いた。

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