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第三章 泉にて①

 翌日、カイはヘルガに髪を洗う方法を相談すると、近くに泉があると教えてくれた。温泉では無いが、地下深くから湧くその水は温度が年間を通して一定で、寒い時期は川の水より温かく感じるそうだ。 「今日は天気もいいからむしろ冷たく感じるかもしれないけど」  ヘルガはそう言ってマティアスの身体が冷えないように沢山の毛布や布を貸してくれた。  ハラルドから荷車を借り、毛布や布、そして洗濯するために元々着ていた服も積んだ。 「マ……レオン、起き上がれるか?」  間違えそうになる呼び名を飲み込み、マティアスに声をかけた。マティアスはカイの手を借りを起き上がり、そしてゆっくりと立ち上がった。 「大丈夫か?」 「ああ、ずっと寝ていたからクラクラするが、大丈夫そうだ」  まだ傷は深く腕を動かすと痛いらしく顔を顰めながらだが、マティアスは一歩一歩、歩いて見せた。 「やっぱり若いもんは回復が早いな」 「気を付けるのよ。無理しちゃダメよ」  その様子を、ハラルドは感心したよう、ヘルガは心配そうに見ていた。  ゆっくり玄関から外に出て、太陽の光に眩しそうに目を細めるマティアスにカイは荷車を示した。 「じゃ、乗って」 「え?」 「毛布借りたからその上に寝ててもいいぞ。楽な姿勢で。あ、自力で上がるの怖いか?」  カイはそう言ってマティアスを荷台へ上げるべく抱き上げようとした。 「ちょっ! ちょっと待ってくれっ! こ、これに私が乗るのか? 馬も付いてないのに、どうするんだ?」 「どうするって、俺が引くんだよっと」 「ええっ! わっ!」  戸惑うマティアスを無視してカイはマティアスを抱き上げると荷台へとあげた。 「わっ! 待ってウィルッ!」 「はい、では参りますよー。レオン王子」  マティアスは慌てて荷台の縁に掴まった。 「ハッハッハ、ふざけてると舌を噛むぞ」  その様子を見ていたハラルドが声を立てて笑う。 「じゃあ、行ってきます」  カイはハラルドに手を振り挨拶すると荷車を引いて歩き出した。 「ウィルに馬みたいなことさせるなんてっ」  マティアスはまだ受け入れられないようで戸惑っている。 「怪我人なんだから良いんだよ。なんなら治ったら今度はレオンが引いてもいいぞ」  カイは冗談半分で言ってみた。 「私が?」  国王として一国を統べる者に荷車を引けと言っている。マティアスはさらに困惑するだろうとカイは思った。 「面白そうだ……。治ったら絶対やりたい! その時は(うしろ)に乗ってくれよ!」  マティアスは目を輝かせて言っている。カイはマティアスのその反応に「アハハハ」と声をあげて笑った。 「なぜ笑う? 絶対やるからな! あ、そう言えば……」  マティアスは何か言いかけて辺りを見回した。 聞かれたく無い話らしく、人が居ないことを確認してから声を潜めて言ってきた。 「何故レオンなんだ?」  マティアスは偽名の由来が知りたいらしい。 「んー、何となくだよ。頭に浮かんだだけ」 「そうなのか。レオンって名はさ」  ふとマティアスの声色が優しげなものに変わる。カイは胸がザワッとした。マティアスには『ウィル』以外にも関係の深い男がいるのではと頭をよぎったからだ。 「私の愛馬の名前なんだ」  マティアスがくすくすと笑う。 「アハハ、じゃあ荷車を引くにはピッタリの名じゃないか」  カイも内心ホッとしつつマティアスと一緒に笑った。

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