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第三章 泉にて②

 教えられた泉までの道を荷車を引いて進み、やがて森に入った。木漏れ陽を浴びながら静かな森を進む。 「もうこっちでは紅葉も終わりなんだな」  荷車に仰向けで寝転んだマティアスが森の木々を眺めながらポツリと呟いた。 「だいぶ北だからな。秋も早いな」  きっと秋はあっという間に過ぎて冬がやってくる。カイは魔術師から言われた完治の方法を伝えなければ、と思った。でないとこのままこの村に春まで閉じ込められる。 ……だが、 (このまま言わなければ……)  言わなければ春までマティアスを独占できる。そんな思いがカイの中に燻り始めていた。  そうこう考えているうちに教えられた泉に到着した。マティアスを荷台から下ろし、二人で泉を見る。 「凄い。空みたいな色だ」 「綺麗だな」  泉は白い岩で囲まれ淡い水色に輝いていた。カイは水に手を入れて温度を確認してみる。 「確かに冷え切ってはいない気がするな。温かいとは言えないが」  カイはそう言って、荷車から毛布を下ろし、泉の淵の平たい石に広げた。 「ここに仰向けで寝転んで。頭を泉に向けて」  マティアスは頷くとカイの指示通りに寝転んだ。それを確認しつつ、カイは服を脱いだ。 「うあっ! やっぱ冷たっ!」  カイは一糸まとわぬ姿になると泉へと入った。泉はかなり深く、カイの身長でもギリギリ脚が付く程度だ。そして真夏でもないのに肩まで泉に入るのはなかなかキツイ。 「だ、大丈夫か?」  マティアスが仰向けのまま心配そうに尋ねてくる。 「大丈夫だ。さてさてー」  カイはそう言って昨晩編んだマティアスの髪を解き、泉へと浸けた。金の長い髪がサラサラと水の中を泳ぐ。  カイはヘルガから教えて貰った事を思い出し、実行することにした。大きく息を吸い泉の中に潜り、底に堆積している泥を手で掬うとマティアスの髪に塗りつけた。 「な、何っ?」  思わぬ感触にマティアスが驚く。 「この泉の底の泥で洗うと、髪はサラサラになって肌はツルツルになるってさ」 「泥で洗う?! それは『洗う』と言えるのか!? 余計に汚れるじゃないかっ」 「もちろん洗い流すよ。匂いもしないし綺麗だぞ。ほら」  そう言ってカイはマティアスの鼻先に泥のついた手を近づけた。泥は薄い灰色をしていて滑らかだ。  マティアスは恐る恐る鼻をひくつかせ泥の匂いを嗅ごうとした。すると泥がカイの指先からマティアスの鼻先へとペトッと垂れた。 「なっ!」 「あー、ごめんごめん」  驚くマティアスの鼻をカイは泥の付いた手で拭ったがさらに泥は広がった。 「うぃ、ウィルっ!」 「アハハハッ! もう気にすんな。肌ツルツルになるって言ってるんだからさ!」  そう言って、カイは泥のついた両手でマティアスの頬をベッタリと触った。マティアスにとってはあまりの衝撃だったようで、一瞬「ひっ!」と悲鳴を上げ固まり、その後はヒクヒクと笑い出した。 「こんな……ひっ……ひどい……アハハハ」  マティアスは泥で汚された顔のまま、何故か嵌まってしまった笑いを堪えられず呼吸困難になりながら笑っていた。

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