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第三章 泉にて③

「あんり笑いすぎると傷に響くぞ」  十代の子供のように些細なことで笑い続けるマティアスをカイは呆れながら諌めた。 「だ、誰のせいで……っ」  顔に泥をつけたまま笑いを堪えようとしているマティアス。カイはそれを微笑ましく眺めながら髪の濯いでやった。髪は滑らかさを取り戻しカイの指の間を泳ぐように流れていく。それから顔の泥も流す。滑らかな頬に触れながらカイは思ったままを口にした。 「髭生えてんのか? 丸二日も剃ってないけど」 「は、生えてるよっ」 「あー、この辺りにちょっとあるか。薄いなぁ」  泥を落とすと指先に微かにザラつく部分を感じた。近くに置いておいた荷物からハラルドに持たされた剃刀を出し、マティアスの頬にそれを当てた。大して濃い髭も無く滑らかな肌に刃物を当てるのはむしろ怖いくらいだ。 「はい、終わり」  髭を剃り、泥も綺麗に洗い流し、カイはマティアスを覗き込み言った。マティアスもまたカイを見上げて「ん、ありがとう」と礼を述べる。 「その布で髪拭いて……」  長い髪を絞ってやりながら指示をしようとするとマティアスはカイをじっと見つめてくる。 「なんだ?」 「……私も水浴びしたい」  髪は洗ったがどうせなら身体も洗いたいのだろう。だがマティアスはまだ大怪我している状態だと言っていい。 「水冷たいし、脚つかないぞ。泳げるのか?」 「泳げるけど、右腕だけだと難しいかも……」  それは現状は泳げないと言うことじゃないか、とカイが思っているとマティアスはポソッと小さく呟いた。 「ウィルが抱いてくれればいいと思う……」  カイは一瞬固まった。つまりそれは全裸のカイが全裸のマティアスを抱きかかえて泉に入ると言うことだ。 (俺に酷い抱かれ方されたってわかってんのか……?)  たぶんわかってないなとカイは思った。ロッタも同様のことを言っていたし、何よりマティアスはもはやカイのことを『騎士のウィル』と同一視していると感じる。その証拠にカイが『ウィル』と偽名を使うようになってから、マティアスはごく自然に『ウィル』と呼んでいる。  しかし、王という立場を脱ぎ捨て素直に甘えてくるマティアスをカイが拒絶できるわけもなく……。 「水冷たいからちょっとだけな」  そう言うとマティアスは嬉しそうに微笑み、着ていた寝巻きを脱ぎだした。

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