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第三章 決意①

 翌日、カイはハラルドから馬車を借り領主の屋敷へと向かった。  幌の中ではマティアスが毛布に包まり横になっている。さすがにマティアスを寝巻きのまま領主宅へ連れて行くわけにもいかないのでハラルドの服を借りた。着ることは出来たが袖もズボンもだいぶ丈が足りてない。  マティアスは昨日の水浴びで体力を使ってしまったらしく昨晩から微熱が続いていた。やはり傷は深いらしい。今日は静養すべきだとカイは言ったが、マティアスは今日行くと言って聞かなかった。確かに治癒魔法で完治出来れば静養も必要無くなるのだが。  やはりマティアスはあの魔術師に治癒を依頼するつもりなのだろうかとカイは不安にだった。『会ってみないことには』とマティアスは言っていたが、それはつまり抱かれても良いと思える相手なら依頼すると言うことなのだろうか。  魔術師がでっぷりと太り脂ぎった中年男なら嫌がるかもしれないが、あの魔術師はマティアスに引けを取らないほどの美形だった。あれならマティアスも応じてしまうような気がしてくる。  領主の屋敷が近づき、カイは耐えられず馬車を停めた。 「な、なぁ!」  幌を捲り上げ、荷台で横たわるマティアスの横に座った。マティアスは不思議そうに毛布から顔を出した。 「今すぐ治ったとしても、ここからはフォルシュランド経由で帰るしかないんだ。しかも徒歩だ。二ヶ月か、もしかしたらそれ以上かかるかもしれない。冬に森や山を越えるのは健康体であっても危険だ。結局どこかで冬を越すことになる可能性もある。ルーカスが心配なのはわかるが、今日明日で国に辿りつける訳じゃない。だから……だからさ!」  カイがまくし立てるように、だが言葉を詰まらせながらそう言うとマティアスはゆっくり起き上がった。 「心配してくれてるんだな、ありがとう。……だが、私は自分よりも民を優先に考えねばならない立場だ。ルーカスの件を差し置いても、私の不在期間は出来るだけ短くすべきだと思う。私への反対勢力が主犯格ならなおさらだ……」  カイは歯をギリッと鳴らした。マティアスは余程の事情がない限りもうあの魔術師の治癒を受けるつもりなのだと分かった。 「ウィル……あのさ、我儘を聞いて欲しいのだが……」  うつむくカイにマティアスがさらに続ける。顔を上げてその緑の瞳を見るとそこには威厳に満ちたアルヴァンデールの王ではなく、ただのマティアスが不安そうな顔でカイを見つめていた。 「私が治癒を受ける時、側にいてくれないか。見知らぬ男に好き勝手されるのは……正直、怖い」  それは他の男に抱かれている所を見ていろと言うことで……。それはカイにとっては何よりの苦痛になると想像できた。だが、マティアスも苦痛であるのだ。その苦痛を一緒に耐えて支えて欲しいと頼まれている。  カイは深く深く深呼吸し、「分かった」と言った。

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