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第三章 森の家②
「あんた達はフォルシュランド人だからよく知らんかもしれんが、アルヴァンデールで魔物の災害が起こった時、うちの王様はこれを気運だと思って攻め入ったんだ」
カイはマティアスを見た。苦しそうなその緑の瞳と目が合う。カイはハラルドに気付かれないように微かに首を横に振り、『何も言うな』とマティアスに合図を送った。
「この辺りは前線に近かったからな。若い男は皆駆り出されたんだ」
つまりこの二十年、この老夫婦は息子が幸せに嫁や孫と暮らすはずだった家を手放せず大事に手入れをしてきたということだ。
「……そんな大事な家、使わせてもらって良いんですか?」
カイが尋ねるとハラルドは「ハハハ」と笑った。
「……ヘルガがな『ここに住んでもらおう』と言ってきたんだ。嬉しそうにな」
そう言うハラルドもとても優しげな笑顔を浮かべた。
その夜、ハラルドの家で夕食を食べた後、カイとマティアスは早速借りた家で寝ることになった。
マティアスは夕食時も終始静かだった。ヘルガはまた熱が上がっているのではないかと心配し、早く休むように言っていた。
借りた丸太小屋に入り扉を閉めると同時にマティアスが言った。
「駄目だと思う……。私が、私がこの家で過ごさせて貰うのは、やっぱり駄目だと思うっ!」
「レオン……」
マティアスは声を潜めて話し始めた。
「わ、私は立場的にもあの戦いはやはりバルテルニアの一方的な侵略で、アルヴァンデールは防衛しただけだと思っているが……それでも、それでもハラルドさんの息子を殺したのは、つまりは私の祖父で……」
マティアスは今にも泣き出しそうだった。カイはそのマティアスの頭を撫でながら静かに諭した。
「あの夫婦を騙すようで心苦しいのは理解できる。だが今俺たちに選択肢は無いんだ。ここらから多く徴兵されているとなると、ハラルドさんのようにあの戦で家族や友人を失った人は他にもいるはずだ。それを全部避けることは無理だよ」
マティアスの緑の瞳から涙が一筋流れた。
「でも、あんなに親切にしてくださる方を騙すなんて……っ」
カイはマティアスを抱き寄せた。背中を擦りながら宥める。
「ああ、そうだな。でも本当の事情を話せばかえってあの夫婦を苦しめる事になる。……これはお前一人が重荷に思うことじゃない。俺が黙っていろと言っているんだから俺のせいでもあるんだ。自分だけで背負っていると思うなよ」
「そ、そんなっ。それこそあの戦にウィルは関係無いっ」
「そんなこと言ったらお前だって子供だったんだから責任は無いだろ?」
「私はそんなこと言える立場では……」
「今、立場は関係無い。今ここではお前はレオンだよ」
分かってはいるが飲み込めないマティアスにカイは抱擁を解き目を見て小さく囁いた。
「むしろ立場をお考えになるならば、自国民の為にもここは安全に乗り切って、無事帰国することを最優先に考えるべきですよ。マティアス様」
緑の瞳は揺れながらもカイから逸らされることは無かった。自身の中での『正義』と折り合いが着いたのか、着けたのか、マティアスはこくりと頷いた。
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