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第三章 憧れの暮らし⑥
ダンを見送りりんごの木箱を家の中に運ぼうと持ってみた。力を込めると傷に鈍痛が走り諦めた。玄関先にりんごを残したまま家に入り背もたれの無い丸椅子に腰を下ろす。
「はぁぁ……」
深い溜め息が胸の奥から吐き出される。
やはりウィルバートへの想いがダダ漏れになっているようだ。
輝飛竜に攫われこの国で目覚めてからウィルバートはマティアスを王として扱っていない。その気さくな態度は出会った時のウィルバートそのものだ。それにつられマティアスは子供時代に戻ったかのようにウィルバートに甘えてしまった。
髪を洗いに泉に連れて行って貰った時などは、微熱とウィルバートが側にいてくれる嬉しさから、かなり浮かれていたと感じる。今思えば。
抱きかかえて泉に入れろなどと要求してしまったが、ウィルバートにどう思われていたか……。優しいウィルバートは応じてくれたが、男に興味がないのだから気持ちが悪かったかもしれない。
(もっとわきまえなくては……)
マティアスにとっては側にいてくれるだけで嬉しいし、現状敵国に身を置いている状態ではウィルバートだけが頼りなのだ。
その時、玄関前の階段を駆け上がる足音が響き、勢いよく玄関扉が開いた。
「レオン!」
大声と共にウィルバートが慌てて入って来た。
「ウィル! どうした?」
驚きながら見るとウィルバートがマティアスに駆け寄ってきた。
「ダンにそこで会って……! ちょっと戻ってきた」
「あ、うん、りんごを貰ったよ」
「大丈夫か? 何かされなかったか?」
「な、なにもされてないよ」
「だが……顔が赤い」
そう言ってウィルバートがマティアスの頬を撫でる。『わきまえなくては』と思っていたのにそれだけでさらに体温が上昇してしまうのを感じた。
「な、なにもないよっ」
マティアスは目を逸らしテーブルを見つめて思い出した。
「あ、ウィル、あのね……」
「なに?」
「裁断、失敗しちゃって…」
「ん?」
マティアスは誤って切ってしまった布を見せた。
「二枚重なってたのに気付かず切ってしまって……すまない」
がっかりされる事を覚悟しつつ、出来るだけ誠実に謝る。ウィルバートは布を手に取り確認しながら微笑んだ。
「ああ、ここか。まあ俺達が着るだけなんだから繕えばいいよ」
「じゃあこれは私のか?」
「いや、これは……俺の外套の前身頃だな」
「私のには出来ないのか?」
「大きさが違うから……。そんなに気にするなよ。どうせ着てればちょっと破けたりするもんなんだから」
ウィルバートはそう言うとマティアスの頭をグリグリと撫でてきた。
「すまない……かえって仕事を増やしてしまった」
「大したことじゃないよ。で、本当にダンには何もされてないんだな?」
切ってしまった布のことはどうでも良いと言うようにウィルバートは話を戻してきた。
「本当に何も無いよ。りんごを貰って、ああ、今度薪集め手伝うって言ってたよ」
ウィルバートは「そうか」と微かに溜め息をついた。
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