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第三章 怒り①
十一月も半ばになり、朝は霜が降りるようになった。
昨夜の夕食時、「もうすぐ雪が降るぞ」とハラルドが言っていた。しかし今日は太陽が柔らかな暖かさで照らしてくれている。
マティアスはハラルドが持って来たメギの実を取る作業を丸太小屋の裏庭でしていた。
大きく広がった枝に、無数についている赤い小さな実をひたすら取るのだ。取った実は乾燥させて保存食にすると聞いた。スープに入れたり麦と一緒に炊いたりするらしい。
「あーあー、そんなんじゃ日が暮れちまう」
追加でメギの枝を持って来たハラルドがマティアスの手つきをみて顔を顰めた。
「ちょっとくれぇ葉っぱ入ってもいいから、こうまとめて取れ」
小指の先ほどの小さな実を一粒ずつ取っていたマティアスに対して、ハラルドは豪快に枝から実を扱き取っていく。
「こう、ですか?」
見様見真似でマティアスも実をまとめて取ってみる。
「そうそうそう。その方が早いだろ。あれで全部だから頑張って取れよ」
そう言ってハラルドは帰って行った。
あの小柄な老人のどこにそんな力があるのか、と思うほど大ぶりな枝が置かれている。
少し前までマティアスはハラルドが怖かった。ほんの少しだが。それはいつも怒っているように見えたからだ。しかし最近になってそれが単に使う単語が乱暴なだけだと分かってきた。言葉は乱暴でも今もこうして丁寧に教えてくれる。
城で会う貴族達とは真逆なのだ。貴族達は上辺だけ丁寧な言葉で取り繕っているが、その中身は嫌味や妬み、自分だけ得をしたいと言う下心が渦巻いている。それに比べてここの生活はなんと穏やかなことか。
マティアスはメギの実を取りながらは顔を上げた。裏庭の少し先でウィルバートが薪割りをしていた。斧を振り上げ、力を込めずに刃先を木材に落とし、軽々と作業を進めている。マティアスもやってみたいと言ったが、腕を振り上げるので傷に良くないと止められている。
ウィルバートもまたハラルドのように乱暴な言葉を使う時があると最近知った。
ここへ来てからウィルバートはマティアスにかなり親しげに話してくれる。しかしそれ以上に砕けた口調、つまりは『馬鹿か』とか『ふざけんな』などを使う相手が居るのだ。
それはダンだ。
ダンが薪集めを手伝いに来てから、ウィルバートはダンと急激に仲が良くなった。……とマティアスは感じている。
つい先日、ダンが入浴時に使う目隠し用の衝立てを持って来た。どうやらウィルバートが頼んだらしく自宅で使っていないものを貸してくれたようだ。
そんな話しをウィルバートがダンにしたとは知らなかったし、その時なんとなく二人がマティアスに聞こえないようにヒソヒソと話していて、ダンがニヤニヤとウィルバートをからかい、ウィルバートが小突く、と言う場面を目撃した。
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