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第三章 浮気③

 マティアスは二階への階段を登った。  こんな時は何を着るべきなのかが分からなかったので、いつも通りウィルバートが作った下着を履き、ダンから貰った寝巻きを着ている。  寝室の扉を開けるとベッドに寝転んでいたウィルバートが起き上がった。ランプ一つで照らされた寝室。ウィルバートは微笑み、ベッドに座った状態で左隣の布団をポンポンと叩いて座るように促して来る。マティアスは素直にそれに従いウィルバートの隣に腰を下ろした。  緊張と恥ずかしさでの顔が上げられない。  ウィルバートが手櫛で優しく梳かしてくれる。 「耳、真っ赤。緊張してる?」  少し笑いを含んだ声でそう聞かれマティアスがぎこちなく頷くとウィルバートはマティアスの手を握り、自分の胸に当ててきた。厚い胸板の下でドコドコと心臓が激しく鼓動している。 「ほら、俺もだよ」  何とも思っていなさそうなウィルバートも自分と同じなのかと思うとマティアスは少し安堵した。  そしてウィルバートはマティアスの手を握ったまま、顔を寄せマティアスの唇に唇を押し当ててきた。柔らかな感触に身を震わせていると、ウィルバートの舌がチロッとマティアスの唇を舐める。 「んっ……ウィル……」  思わず呟くとウィルバートは唇を離し、マティアスを見つめた。 「『ウィル』って呼んじゃ駄目だ。『カイ』と浮気するんだろ?」  少し笑いながら注意される。本気で怒っている訳では無いようだが不満そうではある。 「だ、だって、今はずっと『ウィル』って呼んでるから……」  仕立て屋の『カイ』と会っていた時はうっかり『ウィル』と呼ばないように注意していたが、ここではもうずっと『ウィル』と呼んでいるわけで……。 「だーめ。罰として『カイ』って三回呼んで。……心を込めて」  ウィルバートの真っ黒な瞳がそう要求してくる。それを拒む理由も無くマティアスは口を開いた。 「……カイ」  丁寧にウィルバートの今の名前を呼ぶ。でも『心を込めて』と言う要求に完璧には応えられていないように感じた。  二回目はもっと気持ちを込めた。  仕立て屋の『カイ』として現れたウィルバート。王に取り入りたいと言う思惑は当然あると分かっていたが、それでも『カイ』は優しかった。  数日でマティアス用の服を何案も描いてくれ、無礼な貴族には本気で怒ってくれた。そして命懸けで輝飛竜に乗りマティアスを助け、ここでの生活も支えてくれている。 (好きだ……。カイが好きだ)  想いを込めてその黒い瞳を見つめ、その『名』を唇に乗せた。 「カイ……」  その音はマティアスの想定以上に甘えたような声色になってしまい、途端に恥ずかしくなって、隠れるつもりでウィルバートに抱きつき顔を隠した。  そして三回目を絞り出すように言った。 「カイ……ッ」  ウィルバートは「フフッ」と笑い、マティアスを抱き締め返し言った。 「いいね」

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