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第三章 発覚と崩壊⑥

 その夜、マティアスはベッドの中で一人寝付けずにいた。  エクルンド家でバルヴィアも含めて五人で食事をした時、ヘルガに『息子ができたみたい』と言って貰いとても嬉しかった。  胸の奥がむずむずするようなぎゅっと抱き締められるようなそんな感覚。幼い頃、カノラ村で母以外の大人にも可愛がって貰っていた記憶を思い出した。王子として国王として暮らすようになってからは失われていた感覚だ。それが体験出来ていたと思ったら、あっという間に霧のように消えて無くなってしまった。  好意を感じていた人からの拒絶。  ヘルガが怒っているのか悲しんでいるのかもわからないが、不快な思いをして自分に対して絶望していることは確かだ。  さらにアルヴァンデール王国の情勢もマティアスの不安の種だった。  国王の不在。しかも安否不明。次の後継者へと引き継がれても当然おかしくは無いが、三ヶ月でサムエルが即位するのは早い気がする。やはりクレモラ卿を筆頭とするマティアスの反対勢力が積極的に動いている可能性が高い。国としての危機。政治に興味が無いサムエルがどこまで抑えられているか……。  そんなアルヴァンデールが窮地に追い込まれているにもかかわらず、マティアスの思考の半分以上は別のことで埋まっていた。ずっと胸の奥につかえていた問題が大きく膨れ上がっているように感じる。  ウィルバートに真実を話していないことだ。  仕立て屋として生きる『カイ』が、実はマティアスが記憶を奪いアルヴァンデール王国から追放したウィルバートなのだと知ったら……。  今確かに感じているウィルバートからの好意も、真実を知ったら絶望され拒絶されるのではないか。今回のヘルガのように。  「っ……」  抑えられない様々な想いが溢れ出し、マティアスは息を詰めた。横向きに寝返りを打つフリをしてウィルバートの眠るベッドに背を向ける。とめどなく涙が溢れて枕に染み込んでいった。  ウィルバートも眠れないのか、背後のベッドから衣擦れの音がした。すると 「寒い。入れろ」  ウィルバートの声をすぐ近くで感じ、それと同時にウィルバートが強引にマティアスのベッドに入ってきた。 「あったけぇ……」  後から身体をぴったりと合わせ、強く抱き締めてくる。それは暖を取ることを建て前にした明らかな慰めだった。  堪えられなくなった嗚咽が「ひっ……」と漏れるがウィルバートは敢えて気付かないフリをしてくれた。 「髪の匂い……クるなぁ」  ウィルバートがマティアスのざっくりと編まれた髪の根元に顔を埋めてくる。 「く、臭い……?」  洗髪したのは六日前だ。そろそろ洗いたい気持ちを我慢しているところでそんな事を言われマティアスは焦った。 「クるって言ってんの。勃ちそう」 「カッ、カイッ!」 「ふは、その名前で呼ばれると益々ヤバいな」  マティアスの焦りとは裏腹にウィルバートが笑う振動が背中から伝わってくる。 「じ、自分でそう呼ばせてるくせにっ……」 「フフッ、すまん。……今日は何もしないから、安心して寝ろ」  マティアスは小さく「ん……」と返事をした。  下らないことで少し笑い、温かさと安堵感に包まれたマティアスは、涙を零しながらも眠りへと落ちていった。

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