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第三章 告白と告白⑤

 カイの言葉にマティアスの目から堰を切ったように涙が溢れ、マティアスはカイに手を繋がれたまま崩れるように雪面に膝をついた。  そしてマティアスは苦しげに声を絞り出した。 「だ、駄目だ……。私は……まだ、何も伝えてないっ……」 「何をだ? 騎士様をまだ愛してるのはわかってる。でも少なからず俺のことも想ってくれてるって感じてる。違うか?」  カイは不安に胸が潰されそうになりながらも感じていたマティアスからの情愛に望みを賭けた。  マティアスからボタボタと涙が零れ落ち、冷たい雪に穴を開けていく。 「私は……もうウィルより……今のカイを、愛してるよ……」 「マティアス……!」  マティアスのその言葉はカイが最も欲しかったものだった。歓喜で叫び走り回りたいほどに。しかし、 「でもそれはっ! 昨日のカイよりも、より今日のカイが好きになっていくのと同じなんだ……」  それはつまりはマティアスの中ではウィルとカイが同一視されていると言う意味だろうか。そう見られていることは薄々感じていた。しかし面と向かって言われるとどう捉えて良いのか分からない。  カイが言葉に詰まっているとマティアスが泣き顔を上げ濡れた緑の瞳を向けた。 「九年前の記憶っ、無いんだろ?!」  苦しげに絞り出すように吐き出されたその言葉。予想外の内容にカイは目を見張った。 「……は?……なん……何で……」 ――何故、知ってるんだ?!  テーラー・アールグレンで働く際に、カイは素性を誤魔化した。これまでも馬鹿正直に状況を話し、気味悪がられた経験からだ。だからヨエルやニーナも知らないし、自分自身でもその経歴は自己暗示的に心の奥底に隠してきた。  驚き言葉を詰まらせるカイにマティアスは続けた。 「わ、私とお祖父様が、ウィルの記憶を奪った。それが、九年前のカイ、お前だ」 「は?……な、何を言ってるんだ? そんな訳……」  混乱し理解が追いつかない。  マティアスはそうまでしてカイとウィルを同じだと思いたいのだろうか。 「カイはっ、紛れもなく、ウィルバート・ブラックストンだ!……私の騎士となるはずだった男なんだ!」  青い空に吸い込まれていくマティアスの叫び。 「……昔、森で暮らしてたのは、お祖父様が記憶を奪ったウィルを森に置き去りにしたからだっ」  冴えた冷たい空気が鼻腔から入り肺を冷やす。その感覚に寒く暗い森の夜を思い出した。  最初に見えたのは生い茂る木の葉の合間から覗く細い月。夜の森にに身一つで横たわっていた。  何故ここにいるのか、何をしていたのか思い出せず、最初は酒を飲み過ぎたのかと思った。しかし思い出そうとしても何も思い出せず、自分の名前すら分からなかった。  分かるのは男であること。大人であること。言葉が話せること。他にも一般的な知識はあった。着ているものは簡素なシャツとズボンだけ。靴もなく裸足だった。夜の森は恐ろしく寒かった。  そこからは寒さと野生動物と魔物に怯えながら過ごした。しばらくして人に出会い喜んで近づいたら盗賊だった。盗む物が無いもないと分かると奴隷として売られそうになった。刀を奪い応戦し、武器や衣服や生活道具を手に入れた。それからは街に出て適当な娘に取り入ったりして過ごした。 「俺は……何をしてそんな仕打ちを受ける羽目になったんだ……?」  カイはなんとか冷静に考えようと頭を働かせ尋ねる。マティアスが雪の上で泣いてうずくまりながら言葉を震わせた。 「わ、私と……愛し合ったから……」  その言葉にカイは息を呑んだ。

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