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第三章 告白と告白⑥
「王に、記憶を奪うか……処刑するかを選べと言われて私は……。ウィルはっ! ウィルは……処刑してくれと言っていたのに、私には出来なかった……私は、私は無力だったっ」
自ら処刑を選ぶほど避けたかった記憶剥奪の刑。当時のウィルバートが何を考えていたか分からないが、森で獣に喰い殺されかけたところを考えると処刑された方がマシだったのかもしれない。奇跡的に生きているが、死んでてもおかしくないわけで。
ふとカイは思い当たり口を開いた。
「……ひょっとして、記憶を奪う以外にも魔術をかけたのか? 今思えば俺は不死身と言ってもおかしくない位運が良かった……」
カイの言葉にマティアスがギクリと体を震わせたのを見て、カイは何かあると確信した。
「マティアス、ちゃんと教えてくれ。……もう俺は……人では無いのか?」
自身の手のひらを見つめる。血が通ったただの人だと感じてはいるが。
森で狼三匹に襲われ、深傷負いながらも生き延びた。傷も残らなかった。他にも死んでもおかしくない経験も多々ある。その全てが偶然とは思えなくなった。
「……人だよ。ウィルは昔も今も普通の人間だ。……私がヴィーと契約して守らせていた」
「は?」
呆然とするカイに対し、マティアス真っ赤に濡らした目を上げ訥々と語り始めた。
「私は無知で、記憶を奪われた人がどうなるか、そこまで考えが及ばなかった。しかしヴィーに言われた。人が行う魔術での記憶操作はその削られ方によっては生きる上での本能も忘れてしまうことがあると。……それで、ウィルの命を守り人らしい生活に導く契約を結んだんだ」
「契約って……ヴィーは魔物なのか?」
マティアスがこくりと頷く。
「ヴィーの本当の名は……バルヴィアだ……」
「バ、バルヴィアって、あの黒霧の厄災の? な、何を対価にしたんだ!?」
誰もが知るその名前に驚きカイはマティアスに寄ると両肩を握り問い詰めた。
カイは焦った。魔物と契約するには身体の一部を対価にするときく。マティアスを見た所、外見に欠損している部分は見当たらないが、内臓やはたまた寿命などを対価として持っていかれている可能性もある。
「か、髪を……髪を対価にした……」
「髪……?」
「三年ごと、三回、九年の契約だ。ヴィーは最初子供の姿だったが、私の髪を得る度に大きくなった……。ヴィーは『火焔石を使わなければ厄災は起きない』と言っている。でももし起こったら、私の力を得て成長しているヴィーは……」
「なんて、馬鹿なことを……!」
マティアスは王であるにも関わらず、たった一人の人間を守らせる為に民を危険に晒してしまっているのだ。その事実にカイは愕然とした。
「……そうだ。愚かにもヴィーの正体を知ったのは契約の後だった。私はアルヴァンデール史上最も愚かな王だ。……でも最初から知っててもきっと契約したっ! 私は国を、民を、危険に晒しても自分の望みを叶えたかった……。ウィルに生きてて欲しかった……」
マティアスは泣きながらも強い視線でカイを見つめてきた。
明るい陽射しに照らされ、マティアスは涙さえも美しかった。
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