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第三章 震②

「俺の、深い深い一番底の……魂から俺はマティアスを求めてるって感じるんだ」  ウィルバートが頬を撫でてきて、その黒く深い瞳がしっかりと目線を合わせてくる。逸らすことを許さない目だ。 「……それに、帰ったらこんなにお前のこと独り占めできないしな」  すると真剣な顔とは打って変わり子供っぽくむくれた表情をする。そんな顔は卑怯だとマティアスは思った。 「城に入ってって言ったら、来てくれるか?」  マティアスがそう尋ねるとウィルバートは微笑んだ。 「ああ、もちろんだ。下男でも愛妾でも何でもいいぞ」 「騎士にはなりたくないのか?」 「マティアスより弱いのに?」  ウィルバートが苦笑いを浮かべ尋ねてくるので、マティアスは微笑みながら答えた。 「少し稽古をつければ私なんてすぐ追い抜かれるよ。それに輝飛竜に攫われた私を救ったんだ。誰もが騎士と認める」 「そう……かな……」  とっくに諦めていたウィルバートを専属の騎士にするという夢。叶えようと思えば叶えられそうだ。しかしマティアスは何だか『王と騎士』という関係に完全な満足を得られない気がした。それ以上の関係が頭をよぎる。しかし、そんな事許されるのだろうか。 「ちょっと……考える」  そう小さく言うマティアスにウィルバートは「ん、わかった」と返事をし当然の様に再び尻を撫で始めた。 「か、カイっ! もう駄目って言っただろっ」 「ええ〜、良いって流れだろう?」 「どこがっ」  呆れながらもクスクスと笑ってしまう。こんな気ままな時間も春までなのかなと、淋しさも感じた。  そう二人でベッドの中でじゃれている時だった。 「マティアス」  突然、ウィルバートでは無い声が背後からしてマティアスは驚き振り向いた。ウィルバートも驚きマティアスを守るように抱きしめる。 「ヴィーっ!」  見れば寝室に並んだ二つのベッドの間にバルヴィアが立っていた。 「お、お前っ、いくら何でも寝室に無断で入ってくるなんてっ!」  マティアスは怒鳴った。しかしバルヴィアはマティアスの言葉に反応せずそのまま棒立ちのまま反省するでもなくこちらを見ている。しかしその目はどこか虚ろだ。 「……もう、駄目だ」 「ヴィー?」  いつもの偉そうでふてぶてしい態度と違うバルヴィアの様子にマティアスは胸がざわつき出す。 「……石が焼かれている」 「え……」  バルヴィアは泣きそうに顔を歪め、マティアスを真似たと言っていた金髪をグシャグシャに掻き毟った。 「あ、あれはっ、小さきモノたちが閉じ込められているんだっ! なのに、なのにっ!!」 「ヴィー?!」    マティアスは焦りはだけた寝巻きを整えながら身を起こし、ヴィーに強く問いかけた。 「火焔石が使われてるってことか?!」  バルヴィアはマティアスの質問を無視するように血走った目でブツブツと呟く。 「たくさん、焼かれた。今も焼かれてる……。嫌だ……嫌だ……」 「ヴィー!」 「嫌だっ! わしはまたあんな風になりたくない! ついこの前なったばかりなのに、またなんて!」  バルヴィアがマティアスの目を見つめてきた。それは真っ赤な瞳。マティアスが十七歳の終わりにバルヴィアを初めて見た時と同じ色だ。 「助けて……マティアスっ! たすけ……」 「ヴィ、ヴィーっ!!」  バルヴィアは言い終わる前に燃えて消えた。  マティアスとウィルバートは呆然と(くう)を見つめた。

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