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第三章 震④

 約ひと月ぶりに訪ねるエクルンド家。疎遠になるまで二つの家を直線で結ぶようにマティアスが雪を踏み道を作っていたが、今は雪が完全にその小道を覆い隠し、かつて道があったことすら感じさせない。  やや遠回りだが雪掻きしてある村道を通り、二人はハラルドの家へと向かった。 「ハラルドさん、ヘルガさん、レオンです。いらっしゃいますか?」  マティアスは不安が膨れ上がる胸を抱えながらその玄関扉を叩いた。 「どうした? 二人揃って……」  すぐにハラルドが顔を出した。突然の訪問に大きな目見開きを驚いた様子だ。 「突然すみません……! あの、ヴィーは来てますか?」 「ヴィー? 今日は来てないが……」  ハラルドが即答する。マティアスは落胆の色を隠しきれず、暗い声色で「そうですか……」と呟いた。 「ヴィーがどうかしたの?」  すると中で聞いていたらしいヘルガが顔を出した。久しぶりに見るヘルガの顔。マティアスは自身が緊張するのを感じた。 「あっ、その……さっき来たんですが様子が変で……」  マティアスの言葉にハラルドとヘルガは顔を見合わせた。 「ヴィー、一昨日の晩に来たのよ。大雪の日」 「そうだ。なのにあいつ、大して食べてないのに突然『帰る』って言って行っちまったんだ」  バルヴィアはいつも雪など気にすることなくハラルド宅を訪ねていたはずだ。やはりバルヴィアがふざけてあんなことを言っていたとは思えなくなってきた。 「……レオン、あなた顔が真っ青よ」  ヘルガがマティアスを見て心配そうな顔をする。  その時だった。  ドンッ! と低く轟音が響いた。  その場にいた四人が驚き顔を見合わせると同時に、ゴゴゴ……と唸るような音と共に大地が震えた。 「地震だっ! 外へっ!」  ウィルバートが叫び、その場にいた四人とも急いで外へと走った。道まで出て辺りを見渡すと他の家からも村人たちが出てきている。あちこちの木からは雪がバサバサと落ちているが、揺れはさほど大きくはなくすぐに収まった。 「ああ、驚いたな。大したこと無くて良かった」  ハラルドは落ち着いた調子で、ヘルガも「そうね」と呟いた。しかしマティアスは心臓が早鐘の様に鳴り響き、冷や汗がジワッと噴き出してきているのを感じた。 「大丈夫か?」  ハァハァと荒く息をするマティアスを気遣いウィルバートが声をかけてくる。マティアスはウィルバートの腕にしがみついた。 「い、今の揺れって……」  心配そうに見つめるウィルバートに縋りつき、マティアスは震える唇で言葉をひねり出そうとした。 「お、おいっ、あれっ……」  するとハラルドが南の空を指差し叫び、マティアスとウィルバートもその方向に視線を向けた。 「あっ……あああぁぁぁっ!!」  マティアスはそれが目に入った瞬間、悲鳴を上げた。  森の高い木々の奥に見える山脈のさらに向こう。青い空に黒い(もや)が昇り始めていた。 「マティアスっ!」  膝から崩れ落ちるマティアスをウィルバートが抱き支える。マティアスは南の空を瞬きもせず見つめ声を震わせた。 「お、起こってしまった……『黒霧の厄災』が、起こってしまったっ!」

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