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第三章 震⑤
最も恐れていたこと。何としてでも阻止しなくてはならなかったこと。それが今、現実に起こってしまった。
黒い靄 は徐々に上空へと昇りゆっくりと広がっていく。美しく穏やかに澄み渡っていた青い空が黒く汚されていく様をマティアスは絶望しながら見つめた。
「い、行かなきゃ……帰らなきゃ……」
雪の上に座り込むマティアスがそう呟くと、ウィルバートが強く肩を掴んできた。
「どうやって?! マティアス、無理なんだっ! すぐには帰れない! それはお前のせいじゃない!」
「で、でもっ!」
「そもそも帰って、お前一人でどうするんだ! 前回はお前の母親と叔父さんが二人で行って二人とも帰ってこなかったんだろ?! 一人じゃ無理だっ! 無駄死するだけだ!」
ウィルバートが必死の形相で叫ぶ。マティアスはウィルバートを見つめて唇を震わせた。
「レオン! あなたもうあそこの王様じゃないんでしょう?! だったらもう行く必要はないわ!」
ヘルガも駆け寄り雪の上に座ると、マティアスの手を掴んだ。
「仕方ないのよ! 生まれ故郷が危機で心配なのはわかるけど……仕方ないのよ!」
「……ヘルガさん」
必死にそう言ってくれるヘルガ。心配してくれていることがひしひしと伝わりマティアスは嬉しかった。
「……ありがとう、ございます。あの……一度、家に戻ります……」
マティアスはそう言ってヨロヨロと立ち上がった。ウィルバートが腰を支えてくれる。ハラルドとヘルガが心配そうに見つめる中、二人で丸太小屋へと戻った。
丸太小屋に戻り、マティアスは震える身体を落ち着かせようと大きく深呼吸した。ウィルバートがその様子を見ている。
黒い優しい瞳。この瞳が大好きだとマティアスは感じた。
「ウィル、抱きしめて……」
マティアスが手を広げお願いすると、ウィルバートはゆっくりと抱きしめてくれた。
「マティアス……一人で背負い込むな。もっと、俺のせいにしろ」
「ウィルのせいだなんて……」
マティアスは少し笑った。
ウィルバートは抱きしめながらマティアスの頭を撫でてくれる。安心できる広いウィルバートの胸。ウィルバートの温かさを感じる匂い。身体の奥まで響いてくる低い声。マティアスはその全ての感触をしっかりと覚えていようと噛み締めた。
「ウィル、ありがとう。ちょっと落ち着いた」
マティアスは微笑みながら身体を離した。
「少し、二階で横になってるよ。気分が良くなったら起きてくる」
「ああ、分かった……」
ウィルバートが心配そうながら頷くのを見て、マティアスは二階の寝室へと上がった。
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