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第三章 震⑧
「ウィル、まだ春には程遠く感じるけど、どうにかして帰りたい。一緒に策を考えてくれないか」
マティアスの問いかけにウィルバートがきつく眉を寄せ、何も言わずマティアスを見つめる。その顔にはまるで『嫌だ。考えたくない』と書いてあるようだ。しかしマティアスを真正面から拒否することも出来ず黙ってしまっているらしい。
マティアスはウィルバートの頬を撫でて続ける。
「フォルシュランド経由で帰ろうとしていたけど、直接アルヴァンデールの国境に向かうのはどうだろうか。前回の『黒霧の厄災』でバルテルニアに侵攻されたことからも国境付近には兵士を多く配置されるはずだ。その兵士達に素性を明かせば……」
「だが、危険だ! マティアスの反対勢力の息がかかっていたら……」
「『黒霧の厄災』が起こってしまった今、鎮められるのは私だけだ。きっと喜んで山に行かせるよ」
その言葉にウィルバートは明らかに怒りの表情を浮かべ、マティアスは言い方がまずかったと感じた。
「おい! いるか?!」
その時、玄関扉が突然開きダンが顔を出した。ダンはひどく動揺した状態で息を切らしながら家に入ってきた。マティアスは『黒霧の厄災』が起こったことに動揺しているに違いないと思ったのだが、ダンからは予想外の言葉が発せられた。
「ひ、飛竜がいる! ハラルド爺さん家の前にっ!」
マティアスとウィルバートは顔を見合わせ、同時に動いた。家を飛び出し、ハラルドの家まで走る。ダンもついてきた。
ハラルドの家の前の少し開けた場所にその金色に輝く飛竜はいた。積もった雪の上で翼を畳み、犬のように大人しくお座りをしている。マティアスはその輝飛竜を見てすぐに声をかけた。
「フェイ!」
その声に輝飛竜はゴゴゴと喉を鳴らし、マティアスに向ってお辞儀をするように頭を下げる。マティアスは輝飛竜に近付こうとすると、飛竜を怖がり遠巻きに見ていた村人たちが必死に手を振り「近づいちゃいかん!」と止めてくる。皆マティアスを案じてくれている。
「マ、マティアスっ」
ウィルバートもまたマティアスの左手首を掴み、輝飛竜に近付けさせまいとしていた。
「ウィル、大丈夫だよ」
マティアスは静かにフェイに近付き右手を伸ばした。フェイはフンフンとマティアスの手を嗅ぎ、そして鼻を擦り寄せてきた。
「……フェイ、私を迎えに来てくれたのだな」
マティアスが確信を持ってそう呟くとフェイは縦に細い瞳孔をさらに細めた。
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