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第三章 黒霧の厄災①
「お前はっ! いつもいつも勝手にっ!」
カイは光る球体の中からマティアスに向かって必死には叫んだ。
「お前の側にいるって言ったのに!」
マティアスは輝飛竜の上から微笑みこちらを見ているだけだ。
「マティアァァス!!」
カイの必死の叫びも虚しく光る球体は地上へと降り始め、最愛の人はバルヴィア山へと輝飛竜を進めた。その姿は強い夕陽に照らされ影だけになっていく。
「あぁ……」
何もできずカイは球体の中でしゃがみ込み項垂 れた。
カイが一緒に行くと言った時からマティアスは連れて行くつもりが無かったのだろう。カイが不死身であっても役に立つ訳でもない。マティアスにとっては足手まといだ。
それでも側にいたかった。
マティアスは死を覚悟し『黒霧の厄災』に挑んでいる。そんな過酷な挑戦に独りで向かわせたくなかった。己の無力さが悔しくて涙が溢れそうになる。
光の球体はやがて森の中へと降り、カイの足が地面に着くと光は弾けて消えた。カイは間髪入れずバルヴィア山に向けて走り出した。
夕暮れの青紫に沈む森を全力で駆ける。土地勘は無いが目指す山は見えていた。いや、何となく道が分かる気もした。もしかしたらウィルバートの記憶が身体に染み付いているのかもしれない。
すぐに林道に出て走りやすくなった。
ハアハアと息を切らし走っていると段々と悲しみよりも腹立たしさが増してきた。あのまま輝飛竜に乗っていればこんな無駄に体力を削らずに済んだのだ。
ルンデ村で過ごすマティアスは実に素直で、カイの言うことは何でも聞いて、カイになんでも相談してきた。ところが今回はどうだ。言うことを聞かないどころか相談もしてこない。『これが最善だ』と思ったらもう譲る気が無いのだ。そして全部一人で背負おうとする。
「昼間だって、一人で空間移動しようとして失敗してるくせにっ!」
一人でバルヴィア山を目指しながらもカイの元に現れてしまったマティアス。別れの言葉も無く立ち去ろうとしたマティアスが憎らしくもあり、失敗して目の前に現れたことが愛おしくもあった。
「クソッ! 帰ったら説教だけじゃ済まねぇからな!」
カイが苛立ち悪態をつきながら走っていると前方から火らしきものが見えた。それは沢山の松明で道の向こうからガヤガヤと人々がこちらに歩いてきていた。
「あんた、この先はもう毒霧が降りてきてるから無理だよ!」
初老の男がカイに声をかけてきた。
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