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第三章 黒霧の厄災④

 夜空に砂金を振り掛けた様にキラキラと零れ落ちながら消えてく光。しかし毒霧を吐き出し続ける赤い炎は、小さくなったように見えるがまだ燃え続けている。 「マ、マティアス……」  マティアスが発動させた『魂の解放』。その証でもあるあの光の柱が消えていく意味を想像し、カイは全身の血が下がるような感覚がした。  さらに急ぎ無我夢中で山を登る。赤く燃える山頂は見えている。だがそれはすぐ近くのように見え、とても遠い。 (早く、早く、マティアスの元に!) 毒霧に肺を蝕まれつつも必死に走っていたその時、空を旋回する影に気付いた。 「フェーーイ! フェイ! ここだ!」  空を見上げ、その輝飛竜にカイは渾身の力で声を張り上げ呼びかけた。フェイはカイのマスク越しでこもった呼び掛けでも気付き、巨大な翼を器用に扱い山の斜面にいるカイの目の前に着地した。 「フェイ! 頼む! マティアスの所まで連れて行ってくれ!」  フェイに話しかけながらカイがその背に乗るとフェイは相変わらずの急加速で飛び立った。  必死にフェイの背中にしがみつき、高く舞い上がった上空からバルヴィア山を見る。火口付近から黒い霧が噴き出し、赤く燃える何かが中央に存在していることが確認できた。 「マティアスは、マティアスはどこだ?!」  赤い炎に照らされた山頂の斜面を見つめ、必死にマティアスを探す。すると山頂から少し下った斜面に茶色の布らしき物体が見えた。カイが作った外套のような気がした。 「マティアァァス!」  暗がりでよく見えないが愛しい人の名を呼びながらフェイを誘導し、フェイが斜面ギリギリを滑空した時、カイは飛び降りた。  カイは斜面を滑り転がりながら着地し、その物体に駆け寄った。 「マティアス!」  近寄りながら乱れた金の髪が風に靡くのが見え、マティアスであると確信した。  マティアスはカイに背中を向けるように倒れていた。砂に半分埋もれかかっている身体をカイは揺り起こしながら声をかけた。 「マティアス! 大丈夫か!」  横向きの身体を仰向けの位置にして顔を見た。その美しい顔に嵌るエメラルドの瞳は薄っすらと開いたまま、目に砂が入っているにも関わらず痛がることも無く停止していた。 「……マティアス?」  カイがその名を呼んでもマティアスはピクリともしない。その身体は完全に力が抜け人形のようだった。生きているものでは無く、物のようだった。 「あ……ああ……あああぁぁぁ!! 嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ!!」  カイは叫びマティアスを搔き抱いた。強く抱き締めその胸に耳を当てるが当然すべき鼓動が聴こえない。襟元からは木彫りの男鹿と緑のビーズのペンダントが覗いていた。 「マティアス……っ! 嫌だ、マティアスっ!」  カイの両目から大量の涙が溢れ出し、マティアスの動かない頬に落ちていく。  革製のマクスの中はさらに息苦しくなった。もはや意味がないと感じカイはマクスを外し投げ捨て、マティアスの白い頬に唇を寄せた。
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