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第三章 春の庭①
いつの間にかカイはどこかの庭に立っていた。
透き通る青い空が広がり、白いふわふわの雲がゆっくりと流れ、心地良く暖かな風が頬を撫でていく。
足元は土のままの小道。両脇には猫じゃらしが生え、そよ風に揺れていた。小川には木製のアーチ状の橋が架けられ、さらにその回りには優しい色合いの花々が咲き乱れている。
柔らかな陽射しの中でカイはここに一度来たことがあると思い出した。
カノラの庭。
アルヴァンデール城内にあり、マティアスの一番お気に入りの庭。カイが招かれたあの時は夏だったが、今ここは春らしい。
小道を進むと蔦が絡みついたガゼボがあり、その中に二つの人影を見つけた。一人は兵隊服を纏った短い黒髪の男。そしてもう一人は長い金の髪が美しいカイが最も愛する人。
二人は抱き合い熱くくちづけを交わしていた。カイはそれを見ても不思議と嫉妬心は沸かなかった。
カイはゆっくりガゼボに近寄りながら声をかけた。
「マティアス」
金の髪の男がこちらに顔を向け、エメラルドの瞳を大きく見開いた。そしてガゼボから飛び出しカイのもとに駆け寄ってくる。
「なんでっ! なんで、来ちゃったんだよ!」
マティアスがカイの胸を叩く。
そのマティアスはカイが知るマティアスよりだいぶ若く、十代後半くらいに見えた。カイはマティアスを抱きしめて囁いた。
「お前の側にいるって言っただろう?」
「……カイっ」
顔を上げたマティアスの緑の瞳から涙がキラリと光り零れ落ちる。カイはその涙を拭うように頬を指で撫で、その薄紅色の唇にくちづけた。マティアスの腰をきつく抱き寄せ、その唇に深く舌を這わせる。よく知る柔らかな感触に安堵する。
ちゅっと音を立てて唇を離すとマティアスはカイがよく知る大人の姿になっていた。
「よくも俺を置いていったな」
「……すまない。やっぱりカイには生きてて欲しかったんだ。……私だって、本当に生きて帰ろうと思ってたんだ。……すまない」
マティアスに真摯に謝罪されカイはしようと思っていた説教を飲み込み、疑問を口にした。
「ここは、死後の世界なのか」
「違います。ここは生と死の狭間。マティアス様と我々の思い出が作り出している場所です」
そう言いながら兵隊服の男がガゼボから出てきた。男はゆっくり歩きながらカイに向き合い立ち止まる。自分にそっくりで少し若いその男を見てカイは笑った。
「お前は過去の俺か。クソ生意気そうな顔してんな」
「これが今の私とは……。スケベオヤジに成り下がっててがっかりだよ」
ウィルもまたカイを見て、口の端を上げ嫌味を口にする。
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