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第三章 春の庭③
「マティアス様が戻られたのできっとこの空間もじきに消えてるはずだ」
マティアスが消えるのを見届けると、ウィルはカイに顔を向け淡々と報告してきた。
「俺も蘇生してもらえたとして、お前はどうするんだ?」
「さあ? また実態無く漂う存在に戻るだけじゃないか」
ウィルが鼻で笑う。
「もし、マティアス様が存命中に『黒霧の厄災』が起こったら、全力で助けると宣言してたから、少しでも役に立てて本望だよ」
全てを諦め、それでも満足そうなウィル。カイは若い過去の自分が弟のように思えてきた。兄妹の記憶など無いのだが。
マティアスは消えたがしばらくは変化が無さそうなのでカイとウィルはガゼボ前の石に腰を下ろした。
「マティアス、俺もバルヴィア山に一緒に行くことを了承したのに直前で置いて行きやがったんだ」
カイがそう愚痴るとウィルは笑った。
「マティアス様は自分でこうと決めたら絶対に曲げない方だからな」
「昔からなのか?」
「ああ、子供の時からだ。時々思わぬ行動力を見せて周囲を驚かせる」
カイは「へぇー」と呟いた。
「私が初めてマティアス様に出会った時は、二階の部屋を抜け出して壁にへばり付いていて、降りられないと助けを求めてきた。あまりに可愛い顔立ちだったから最初は女の子かと思ったが……芯は紛れもなく男だよ」
そんな話をしているとカイの身体が光り始めた。
「ああ、やっぱり俺も蘇生してもらえるらしい」
「ああ、良かった。マティアス様一人生き返ったら、またあの人は一人で苦しむことになる」
光りながら薄れる手を見つめカイは決意した。そして透けかけている手でウィルの手首を掴んだ。
「な、なんだ?」
「お前も来い!」
「そ、そんなの可能か分からない!」
「分からないが、俺は過去のマティアスをもっと知りたい! お前は今のマティアスを知りたくないのか?!」
カイの問いかけにウィルは黒い目を大きく見開いた。
「あいつ、俺に料理を作ってくれたんだ。芋はいつもどっか生焼けだったけど一生懸命覚えようとしてくれて、二人で向き合う食卓は幸せだった。あと村祭りも行ったし、デカい雪だるまも作った。もう二十六歳のくせに、すげぇはしゃいでて、すげぇ可愛くて。なぁ! 知りたいだろ?! 今までのマティアスも、これからのマティアスも!」
早口でまくし立てたその言葉にウィルはカイの手を力強く握り返してきた。
「……知りたい。俺もマティアス様の全てが知りたい!」
そう宣言したウィルにカイはニヤリと笑い頷くと二人は光に包まれていった。
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