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第三章 我が名は①

 成功に喜ぶマティアスにウィルバートが静かに伝えてきた。 「マティアス、どこかに降りよう。ヴィーがもう……もたなそうだ……」  マティアスはハッとしてウィルバートの胸を覗き込んだ。ウィルバートの外套に包まれた小さなその魔物は目を閉じ浅く力ない呼吸をしている。  マティアスとウィルバートはバルヴィアを連れて近くの森へと降り立った。セラフィーナとクラウスも着いてきた。 「ヴィーっ! しっかりしろ!」  ウィルバートが外套を脱ぎ、草の上に広げそこにバルヴィアを寝かせた。その身体は先程よりさらに小さくなり手のひらに乗る程だ。  マティアスは急ぎ治癒魔法を施した。金色の光がバルヴィアを包む。しかし一向にバルヴィアは変化しない。 「回復魔術が効かないっ! ヴィー、どうしたらいい? どうすれば回復する?!」  マティアスは叫ぶとバルヴィアは薄っすらと目を開けた。赤い瞳がチラリと見える。 「……もう、いい。たくさん生きたし……そろそろ飽き飽きしてた」 「ヴィーっ! 何を言ってるっ!」 「お前らは……良い暇つぶしだったわ。最期に良いものも見られた……」  そう言ってバルヴィアは瞳を閉じようとした。 「駄目だっ! ヴィーっ! ヘルガさんが待ってる! ヘルガさんに言われたんだ。あの子も助けてあげてって!」  バルヴィアはマティアスの言葉に少し目を開け、薄っすら笑った。 「あはは、あの小娘め……」  マティアスは立ち上がるとウィルバートが背負っていた剣を勝手に抜いた。そしてその刀身を自身の首の後ろへと当てた。 「マティアスっ! 何をする気だっ!」  ウィルバートが慌てて止めてくるがマティアスは聞かずにその剣に力を込める。ザッという音と共に、マティアスはヘルガに編んでもらった自身の髪の束を切り落とした。 「なああぁぁぁっ!! 何してんだぁぁっ!!」  ウィルバートが頭を抱えて悲鳴を上げる。今日一番の大絶叫だった。大事に手入れしてくれたのに申し訳ないと思いつつもマティアスはウィルバートの叫びを一旦無視してバルヴィアの元へと座り込んだ。 「ヴィー、私と契約しろ!」  そう言ってマティアスは青いリボンがついた髪の束をバルヴィアの身体に乗せた。小さくなった身体を覆い隠す程の毛束。バルヴィアは驚き真っ赤な瞳を見せた。 「我が名はマティアス・ユセラン・アルヴァンデール。この髪を対価にお前が生きることを要求する」  マティアスの発言にセラフィーナとクラウスが息を呑んだ。 「や、やめろ! 王族が魔物と契約するなどっ!」  クラウスが怒鳴ってきたがマティアスは静かに諭した。 「もう知ったでしょう。魔物も妖精も変わらない。それにヴィーと契約するのは二度目です」  マティアスの言葉にクラウスは狼狽えている。そんな揉める叔父と甥をみつつバルヴィアが口を開いた。 「マティアス……その契約、そなたに利が無い」 「利益があるかどうかは私が決めることだ」  マティアスがきっぱり宣言するとバルヴィアは「フフッ」と笑い呆れたように呟いた。 「本当にヒトの仔は面白いのぉ」 「ヴィー、早くしろ! 消えてしまう!」  マティアスが焦り急かすとバルヴィアは力を振り絞るように息を吸いこみその小さな胸を膨らませた。 「我が名は……我が名はヴィー。対価を受け取り、その願い聞き入れよう」

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