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第三章 我が名は④
クラウスは動揺した様子でさらに尋ねてきた。
「ア、アーロンは?! アーロンはまだ城にいるのか? 今いくつだ?!」
「え、アーロン・クランツですか?……たぶん城にいるはずですが、歳は……三十半ば位だったかなぁ……」
「さ、三十半ばっ?!」
クラウスの動揺を他所に、マティアスは思った。近衛隊長のアーロンは誕生祭でマティアスを守りフェイに吹き飛ばされたのだ。大怪我をしていないといいのだが……。
「クラウスっ! 話をややこしくしないで!」
話が逸れたことを怒りセラフィーナがわめく。そしてマティアスを抱きしめて頬擦りをしてきた。
「たった昨日の夜なのよ! マティアスを寝かしつけてここへ来たのは! なのにもう貴方は私の歳も追い越して……。そもそも魔力を封じて来たのに、なんで戦ってるのよっ」
マティアスはセラフィーナの背中をさすりながら母の愚痴を聞いてやる。そして幼少の頃に魔力が使えなくなったのはセラフィーナの仕業だったのだと分かり(やっぱりな……)と思った。
「母さま。母さまが居なくなって私はとても淋しかったですよ。その淋しさを支えてくれたのがウィルなのです」
マティアスはセラフィーナの肩を抱きながらウィルバートを見た。促されるようにセラフィーナもウィルバートを見る。するとウィルバートはセラフィーナに向って丁寧にお辞儀をした。
「申し遅れました。私はウィルバート……、ウィルバート・カイ・ブラックストン。ブラックストン家の長男で当家最後の生き残り。マティアス様の元騎士候補で、今はただの仕立て屋でごさいます」
そしてウィルバートは顔を上げセラフィーナとそしてマティアスを見た。
「そして、出会った時からマティアス様を心からお慕いしております」
真っ直ぐな黒い瞳。ウィルバートの宣言にマティアスの胸が熱くなった。
マティアスもまた母セラフィーナに笑顔で宣言した。
「母さま。ウィルバートは私の人生に於いて唯一無二の存在。これからの生涯を共にする私が心より愛する人です」
マティアスの言葉にセラフィーナは唇を噛み締めた。やはり息子が伴侶に選んだのが男であることがショックなのだろうかと不安になる。
「……姉さま。一途で一度この人と決めたら絶対に譲らないのがうちの血筋でしょう? まさに姉さまと父上がそうではないですか」
マティアスに助け舟を出すようにクラウスが口を挟んだ。
「……わかってるわ。淋しいだけよ」
セラフィーナが口を尖らせる。マティアスの記憶に残る姿ままの母親だが、見方を変えれば妹の様にも思えてくる。
「『黒霧の厄災』を鎮めたんだ。私だってこれからは好きにさせてもらうぞ!」
クラウスが力強く拳を作る。マティアスはそれを微笑ましく思い見つめた。
「さあ、皆様、城へ戻りましょう。王と伝説の英雄の帰還です! きっと皆驚きますよ!」
話し込む王族三名に向ってウィルバートが高らかに声を上げた。
「あ、その前に寄りたいところがあるんだ」
マティアスは思い出しそう口にした。
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