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第三章 ウィルとカイ①

「ああ、懐かしいな……」  その部屋に入った途端、ウィルバートが溜め息と共にそう漏らした。マティアスはそんなウィルバートを横目に見つつ、自身も懐かしさを感じていた。  そこはマティアスが王子時代に使っていた部屋。  半年前までマティアスが使用していた国王専用の居室は当然の如くサムエルの部屋になっていた。  ロッタ曰く、マティアスが輝飛竜に攫われてからすぐに、クレモラ率いる一部の貴族達はサムエルへと王位を継承させ、王の居室からマティアスの荷物を出すように指示してきたと言う。  マティアスの生存を信じていたロッタやベレフォードはマティアスの私物を王子時代のこの部屋に移し丁寧に保管してくれていた。 「すぐに元のお部屋に戻すよう手配致しますが、今宵はこちらでお願いいたします」  ロッタが丁寧に頭を下げる。 「そんなに急がなくていいよ」  マティアスは私物を確認しながらロッタに伝えた。  確かに王専用の部屋の方が執務を行う上では便利な作りになっている。いずれは戻らなくてはいけないが、子共時代に過ごしたこの部屋に再びウィルバートと入れたことが嬉しかった。 「あぁ、手紙もちゃんと取っておいてくれたんだな」  引き出しを開けるとウィルバートとやり取りした手紙がそのまま保管されていた。 「もちろんでございます」 「うわっ、全部とってあるのか? なんだか恥ずかしいな」  後ろから覗き込んだウィルバートが苦笑いを浮かべる。 「ああ、全部あるよ。私の支えだったから……」  マティアスは一通手に取り開いて見せた。便箋の端に野花の絵が描いてある。ウィルバートは恥ずかしそうながらも笑みを浮かべマティアスの短くなった髪を撫でた。 「陛下。こちらにお食事とお召し物を置いておきます」 「ああ、ありがとう」  ロッタは別の部屋の隅の台に置かれた二人分の軽食と着替えを指し示した。 「それでは失礼致します」  ロッタは微笑みを湛え品よく頭を下げると退出して行った。 「さてと……」  ロッタを見送り、二人きりになった。マティアスはウィルバートを見た。 「脱いで。全部」  マティアスの言葉にウィルバートは一瞬大きく目を見開き、その後すぐにニヤリと笑った。 「また、随分積極的な」 「ち、違うよ……。身体、洗いたいだろう? ウィル、血だらけだし砂だらけだ」  慌てて訂正するとウィルバートは「なぁんだ」と残念そうに肩を竦める。  マティアスは頬が熱くなるのを感じた。  今宵、ウィルバートはどこで休むかロッタに聞かれた時、マティアスは当然のように自分と同じ部屋でと言った。ウィルバートが『妃』になることを明確に了承してくれたわけではないが、もうマティアスにとってはウィルバートは伴侶だ。だからもちろん、肌を合わせることも想定しているわけではあるが。

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