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第三章 夏の夜風と共に①
丸太小屋の開け放たれた窓から涼し気な風が入り込んできた。ヘルガは大鍋でコトコトと煮えるスープをかき混ぜながら窓の外を眺めた。夕焼けで真っ赤に染まる夏の空。真昼の暑さは和らぎ涼しい夜を迎えようとしている。しかしヘルガは窯の前で汗を流しながらスープと向き合っていた。
夏野菜をふんだんに入れたスープ。トマトは完熟したものを使っているが、さらに酸味を抑える為にたっぷりの油で炒め、それから他の野菜も合わせてじっくり煮込んでいる。
(あの子は酸っぱいのきっと苦手だろうし……)
食べる予定もない者の事を考えながらスープを作る。実際にこれを食べるのは年老いた夫婦二人だけなのに。
先の秋に突然出来た三人の息子たち。彼らは夫婦二人だけの平坦な日々に突然降りてきた光だった。しかし瞬く間にその日々は消え去ってしまった。
彼らは祖国を守る為、さらにはこの村も守りたいと言い、苦難に向けて旅立っていった。その後、彼らが無事なのかは分からないし、知るすべも無い。ただ、不気味に黒い靄が立ち上っていた辺りからは靄が消え、地響きと共に天に向かって伸びた虹色の光がこの村からも確かに見えたのだ。
あれから五ヶ月が過ぎようとしている。
「こんなに作って、どうするのかしらね……」
ヘルガはスープを混ぜながら一人呟いた。
その時、外から馬車が走る音がした。どうやら街に出かけていたハラルドが帰ってきたようだ。馬を厩舎へ入れたり荷物を運んだり、きっとすぐには家に入ってこないだろうと予想しヘルガはのんびりと夕食の用意を続けた。
「ヘルガ!」
突然扉が勢いよく開けられ、ハラルドが飛び込んできた。
「おかえりなさい。そんなに慌ててどうしたの?」
ハラルドは鼻息を荒くし必死な形相だ。
「街で聞いたんだ! アルヴァンデールの王様がまた変わったって!」
「えっ! そ、それってっ!」
その言葉を聞いてヘルガは慌ててハラルドを見た。
「フォルシュランドからの商人が話してたんだ! 行方不明だった王様が山の魔物を鎮めて城へ戻ったって! きっとレオンのことだ!」
「ああっ、なんてこと! あの子は無事なのね!?」
ヘルガは歓喜のあまりハラルドの手を握り詰め寄った。
「ああ! きっと無事だ!」
「ウィルは?! ウィルも無事なの?!」
さらに質問してくるヘルガにハラルドはニヤリと笑った。その顔にヘルガの期待が高まる。
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