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第三章 夏の夜風と共に③

「まあまあ! どこから来たの?!」 「わかりません。森を歩いてきました」 「森を!? 一人でか? よく無事だったな!」  妙に淡々と答える少年。まだ五〜六歳くらいで、粗末なシャツとズボン、そして首に青いリボンを着けていた。  ヘルガはそのリボンを見た瞬間、歓喜が全身を駆け巡った。 「まあ! まあ! さあ、中に入って! 疲れたでしょう!」  ヘルガは当然のように少年を家へと招き入れた。ハラルドが戸惑い「おい……」と口を挟むが聴こえないふりをする。 「お腹減ってるでしょう! スープがあるわよ」 「スープ!」  ヘルガの言葉に少年は目を輝かせた。その瞳が一瞬赤く光る。 「ええ、たくさん作ったのよ。ハラルドもお座りなさいな」  少年はよく知ったように席に着き、ハラルドも戸惑いつつ隣に座った。ヘルガはすぐにスープを皿に盛り、パンと共に少年の前に出した。少年はスプーンを手に取るとスープを掬い口に運ぶ。 「うまい!」  ヘルガに向かい、さらに真っ赤に目を輝かせるとガツガツとスープを食べ始めた。 「あらあら、よかったわぁ〜」  ヘルガはトマトをしっかり炒めて良かったと思った。すぐに空になったスープ皿におかわりをよそってやると少年は今度はパンを浸しながら食べ始めた。その様子を微笑みながら見つめてヘルガは迷いなく言った。 「坊や、行く所がないなら、うちの子になりなさいな」 「いや、ヘルガ、そんな簡単に……」  ヘルガの言葉にハラルドが戸惑い止めてくる。 「お父さんやお母さんもいないのでしょう?」  ヘルガの問に少年は頷く。 「ハラルド、奴隷商だって子供一人を追ってこんな村まで来ませんよ。この子はうちで育てましょう。明日領主様に報告してきてくださいな」  淡々と事を進めるヘルガにハラルドは呆れたようだったが、ふぅ〜と溜め息をつくと少年の頭をグリグリと撫でた。 「坊主、名前は何ていうんだ? 領主様に伝えないと」 「名前は無い。好きに付けていいよ」  少年はなんてことは無いようにスープを口に運びながら言う。 「そうねぇ……」  ヘルガはある名前を思い浮かべながら考えた。 「……ヴィクトルはどう?」  ヘルガの提案に少年は真っ直ぐに目を合わせ頷いた。 「じゃあ決まり! あなたはヴィクトル・エクルンド。これからよろしくね、ヴィー」 「……はっ?! ヴィーって?! ま、まさか!」  ヘルガの言葉に今更驚いたハラルドが席を立ち、『信じられない!』と言わんばかりに二人を交互に見る。ヘルガとヴィクトルは顔を見合わせ吹き出し笑った。  優しげな夏の夜風が流れる中、森の丸太小屋からは久しぶりの笑い声が響いていた。 完

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