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第2話
美大受験で一浪したが諦めて服飾デザイン学校に進んだ理知 は、逸生 にとっては憧れの存在だった。
自分の感性だけで世を渡って行こうとしているのだ。
四年制大学の経済学部を卒業して企業の経理部で働く自分は典型的サラリーマンである。デスク上のパソコンに並んだ数字を追って毎日が過ぎて行く。
実に凡庸な人生だった。
会社近くのコンビニエンスストアでアルバイトをしていた理知は光り輝いて見えたものだった。黒髪の金髪メッシュも光り輝いていたが。
毎日ランチを買いに行くたびに短く言葉を交わして、デザイン学校に通っていると知ったのだ。
思い切って誘ったのは、会社で美術展の無料チケットを手に入れたからである。コンビニのカウンター越しに、ぷるぷる震える手でチケットを差し出したものだった。
笑って受け取ってもらい初デートの約束をした時には天にも昇る心地だった。
理知は何しろ行動が早い。初デートでラブホテルに誘われた。逸生に否やがあろうはずもなく、あっという間に深い仲になっていた。その手の早ささえ憧れの的だった。
遊び慣れている……などと思う余裕もない程に惚れ込んでいたのだ。
ただでさえ隠れゲイの逸生である。恋人といえば出会い系サイトで見つけた相手ばかりで長続きもしなかった。
一方、理知は身近な人にはカミングアウトしているらしい。それもまた羨ましい生き方だった。
就職三年目、二十五才のことだった。理知はまだ専門学校二年生になったばかりの二十一才。四つ違いのゲイカップルであった。
つきあい始めて一ヶ月もたつ頃に、この部屋に引っ越した。逸生の会社と理知の学校に通うのにちょうどよい距離だった。別に同居ではなく逸生一人の部屋だった。
逸生は就職後もずっと大学時代のワンルームアパートに暮らしていたのだ。いつか広い部屋に引っ越したいとは思っていた。理知との交際がそのきっかけになったに過ぎない。
けれど2DKは一人には広過ぎる。
たちまち理知は学校で課題の作業が長引いた時、バイトの呑み会で終電を逃した時、等々……気軽に泊まりに来るようになった。
今になってみれば、自分でも理知が部屋に入り浸ることは計算のうちだったかも知れない。
何しろ理知のワンルームアパートはベッドの上にまで布地やら縫製に使う道具が占領していてまっすぐに眠れないほどだった。部屋を提供してやりたいと思っていたのは事実である。
それらの道具が次第に逸生の部屋に持ち込まれ、気がつけば寝室隣は理知のアトリエのようになっていた。
部屋中に散乱した道具で掃除もままならない。逸生には何を捨てて何を保管すればいいのか見当もつかない。結果、野生の服飾王国である。
今はその部屋は殺風景な居間である。
ハンパにきれい好きな逸生がまめに掃除をするから、ただテレビやパソコンがあって書棚に取り囲まれただけの寒々しい空間となっている。
「おーい。生きてるかー?」
ベッドから落ちた逸生に伸ばされた理知の手を引っ張って、床に引きずり降ろして愛し合うこともしばしばだった。
夜ごと夢中で抱き合って眠りに落ちても、朝になれば元気は復活している。
その記憶を手繰って下着の中に手を伸ばしたところに、またスマホが鳴った。
〈朝飯は軽めにしてね。ドライブして土日限定ランチをご馳走するよ〉
既読スルー。
別にそういうデートっぽいことはいらない。この股間の疼きを処理するためにつきあっているのだ。
つい下着の中から手を引っ込めるのは、今日はこいつとやれるのだと吝嗇家よろしく体力温存しているのだった。
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