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第4話

 アパート前の駐車場からクラクションの音がする。ベランダの窓から覗いてみれば、サトウカズオが運転席の窓から手を振っている。  実際に会うまでいつも顔を忘れている。一重瞼に直毛で、身長は逸生の目の下ぐらい。それは理知と同じだった。  身長181㎝の逸生は大概の男より背が高い。  そこを買われて理知の学校で何かと言えば服のモデルに駆り出された。他人が作った服を着るなど初めての体験だった。生徒らに言われるままにポーズをとるのも、これまでに覚えのない興味深くも楽しい時間だった。 「ねえ。美味しいよね?」  と言われて我に返る。  サトウカズオが連れて来たのは、植物園内にあるレストランだった。土日だけ提供される地元食材を使ったランチが人気らしい。正午にもなっていないのに店内は満員である。  アジアンテイストの店内である。インドのご飯だというビリヤニに使われているのは全て園内で栽培したハーブである。チキンの香草焼きだのオムレツだのワンプレートに様々な料理が盛られている。  最近食が細くなっている逸生は、見るだけでうんざりする量だが機械的に微笑みを浮かべ、 「ああ、美味いな」  などと料理を口に押し込む。  背が高いと何故か大食漢と思われるが実は逸生は小食である。  二郎系のラーメン屋に二人で入ると、メガ盛りラーメンはまず間違いなく逸生の前に置かれた。理知の前には女性向けの半ラーメンが置かれる。それを取り換えてから食べ始めるのが常だった。  ここの植物園には理知と来たことがあるが、レストランがあるとは知らなかった。あの後、出来たのだろうか? などと考えかけて頭を振る。  もうそういうことは考えなくてもよいのだ。  自分はサトウカズオとデートをしているのだから。 「地ビールがあるよ。呑む?」  とメニューを差し出される。  注文してやって来たのは瓶ビールと一つのグラスである。注いで差し出せば、 「え? 僕は運転があるから……」  サトウカズオは手を横に振る。 「運転は僕がする。呑んで。アルコールは駄目な体質なんだ」  今更白状する逸生である。  サトウカズオが生唾を飲んでアルコールのメニューを見ているのに気づいていた。 「呑めば?」  理知と食事をする時も勧めるのは逸生で、たちまち笑顔になる理知だった。  もともと理知は運転免許は持っていないから当然の如く運転は逸生の役目だった。マイカーなどないからレンタカーを借りるのだが、どちらかと言えば遊びより学業のために車を使うことが多かった。  生地の反物やトルソーなど大物を運ぶのに車を出すのだ。理知の学友たちもレンタカー料金を払って、問屋から学校まで、または学校からショー会場まで、など車を走らせるのだ。  今になってみれば逸生は便利な運転手として使われていただけにも思えるが。  サトウカズオはこれまで見たことのないような嬉し気な顔で「悪いね」と言いつつ地ビールを呑み干すのだった。  口の周りにビールの泡で髭が出来ている。それを拭うために伸ばした手を途中で止めてビー瓶を取る。しげしげと瓶のラベルを読むふりをする。  初めて泡の髭がついた口を差し出されたのはいつだったろう。  居酒屋で「拭いて」と言われたのだ。  とっさにおしぼりに伸ばした手を取られて、あっけにとられているうちに掌で口元を拭われた。  ついでに指先を口に含んだりして「よせよ。見られる」と、どぎまぎすれば理知は図に乗って爪先を軽く噛んだりする。  すっかりその気にさせられて、家に帰れば酔っ払いは大鼾をかくばかりである。逸生は酒臭さに辟易しながら空しく眠りにつくのだった。  以来、理知はビールを呑めば逸生に口許の泡を拭く役目を与える。家呑みだったりすれば、そしてキスから抱擁へと移行する。 「やだよ。酒臭い」  と言いながら、やることはやっている。  事後、気が抜けてすっかり生ぬるくなったビールを理知は水のようにごくごく吞むのだった。  サトウカズオの空いたグラスにまたビールを注ぐ。 「悪いね。僕ばっかり……」 「いいや。美味しい?」 「うん。けっこう渋い味だよ」  などと、どうでもいいことを話している。

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