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第5話
植物園の温室を歩く。外はまだ春先ののんびりした暖かさだが、室内は熱帯そのものの蒸し暑さである。
サトウカズオは公務員だと言っていたが、植物に詳しいらしく、いちいち熱帯植物の説明をしてくれる。少しばかり酔っているのか、説明は異様に細かいのだった。
「ふうん」「へえ」と合いの手のように呟きながら流して見て行く。
だが逸生はとある植物の前で足が止まってしまった。満開の花をただ見上げるだけである。身じろぎもできない。
ツタ植物らしく天井から葉や花房が垂れ下がっている。たわわに咲き誇る花房の色は見事に青く鮮やかだった。
「すごいでしょう?」
まるで自分の丹精であるかのように、自慢気に言うサトウカズオである。
逸生はぽかんと口を開けたまま頷いていた。
「これは、ヒスイカズラ。学名はストロンギロドン・マクロボトリス。ルソン島が原産で熱帯雨林に自生してるんだよ」
逸生の横に立ったサトウカズオはそう言って神秘的な色の花房を見上げている。
「花の色が宝石の翡翠みたいでしょう。だからヒスイカズラ」
あれはこの色だったのか……。
あの時、花は咲いていなかったのに。
なぜ今になって咲いているのか。
理知は卒業制作のドレスのデザインに悩んでいた。年明けの二月にはそのファッションショーが催されるのに、デザインの大枠が決まったのは年末になってからだった。
ヒスイカズラのようなウェディングドレスを作ると決めて植物園に観察に来たのは真冬のことである。
花などとうに終わっており、無駄にツル植物の棚を眺めるばかりだった。
結局理知は写真を参考にしてドレスを作った。
ちなみに新郎役は逸生だった。タキシードのデザインはとうに出来ており仮縫いなども済んでいた。深い緑色のタキシードは、ウェディング衣装にしては随分と地味に思えた。
だが新婦役のドレスは見事なものだった。鮮やかにきらきら光る青色の布地だった。胸元高くリボンを付けて、その下は紡錘形にすぼまる形だった。
ドレスの表面には、ふさふさのタッセルという物が隈なく下げられている。細い女性モデルが着たウェディングドレスこそ、ヒスイカズラの花房そのものだったのだ。
緑色の地味なタキシードの逸生は花房を支える葉や弦の役目だったのだ。蝶ネクタイは翡翠色でタッセルが付いていた。
理知のデザインの狙いを今更知る逸生である。
「何で今……咲いてるんだ?」
思わず口に出して呟く逸生は、
「春だから」
言われて何故だか激しい怒りを覚える。
じろりとサトウカズオを睨めつけて、づかづかとその場を立ち去る。
「どうしたの?」
と慌てて追いかけて来るデートの相手に構わずに、逸生は温室の出口に向かっていた。
「帰る」
「え? 何で……どうしたの? リチさん。ねえ、大丈夫?」
と泡を食った相手が追って来るのも構わずに歩みを進める。
駐車場で待っていたサトウカズオのマイカーは鮮やかなメタリックブルーだった。そう言えば迎えに来た時に、
「……カズラみたいな色の車を探したんだ」
などと言うのを聞き流していた。
ヒスイカズラの色の車?
「鍵は?」
乱暴に掌を差し出してキーを受け取る。
忌々しく運転席に乗り込むと、脚が窮屈である。身長差のせいだった。それもまた忌々しく、乱暴に座席を後ろに下げるのだった。
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