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第7話 私の満ちぬ月・後編*

「あー、ねー、じゃーさ。これ着てみてくれたらヤれるかも?」 「えっ」  寝室に移動してすぐに和田はクローゼットから女子高生の制服を取り出してきた。うちの学校の制服ではなかった。だがディスカウントショップで売ってるような安っぽいコスプレの服でもない。どこかに実在する学校のものだろう。 「なんだよこれ」 「セーフク?」 「いや、なんであんの… 」  和田は俺の質問には答えずに 「?こういう格好してみたいんじゃないの?」  と言った。 「…そういう趣味はない…」  和田が何を勘違いしているのか知らないが、俺は女になりたいとか女の格好をしたいとか思ったことは特にない。 「そうなん?あ、女もんのパンツも探せばあるかも」 「嫌だよ!」 「じゃあスカートだけでいいや」 「マジで言ってる?」 「マジだけど?」 和田は笑いもせずに言い切った。ここで嫌だと言うなら止めると言わんばかりだ。 「……」  俺はしぶしぶとズボンを脱いでスカートを履いた。想像してたより倒錯的なプレイになってきたぞと困惑していた。と同時に自分の似合っていないであろう格好を想像して頭が急速に冷えてくる。今更冷静になったって遅い。ここでやっぱりやめたと言ったら2度とここには来れない気がする。和田の機嫌を損ねる方が怖かった。 「えっ、ウケる、似合ってんじゃん」  和田はベッドに寝そべってへらへらといつものように意地の悪い笑みを浮かべながら俺の着替えを鑑賞していた。 「似合ってねぇしウケない!」 「似合ってるよ。脚綺麗じゃん」 「……」  冗談で言っているだけなのは分かっているが悪い気はしない。本当に自分ちょろいな。 「じゃあ、そこに四つん這いになってケツ出して」  俺はギクッとする。 「う、うん」  俺はベッドの上に乗って言う通りに手と足をついてとりあえず腰を上げた。やばい。恥ずかしすぎる。  言うんじゃなかった。言うんじゃなかった。  俺は期待より遥かに後悔が上回ってしまい完全に気持ちが萎えていた。 「後ろだけ見てるとあんま女と変わんないなあ…」  しかし和田の方は意外にも乗り気なのか遠慮なくスカートを捲って下着をずらしてきた。前は見たくないのか尻だけ丸出し状態になった。スカート履かされて尻だけ出してるのシュールすぎる。  これ以上プライドをかなぐり捨てる瞬間なんて人生で二度と来ないんじゃないかと思うレベルだ。 「綺麗だね。なんなら女の子より綺麗かも」  和田はするっと尻を撫でた。 「……!」  そんなことで俺は喜びと興奮を感じていた。俺は和田の手が好きだ。長い指と浮き出る血管や骨が好きだった。その好きな部位が俺に触れている。それだけは嬉しかった。 「普通に挿れていいの?」  ぐいっと腰を持ち上げられ、俺は咄嗟にスカートで尻を隠した。 「えっ、待って」 「えっ、じゃあどうすんの?」 「ほぐさないと入らない…と思う」 「ほぐすって?」 「その、指で穴拡げたり…」  と言っても俺も好奇心で指一本くらい差し込んだ事はあるがそれだけだ。知識はあっても経験はない。 「ちょっとやって見せて。俺アナルセックスってどうやるか謎だったんだよね」 「…待ってて、これ使わないと…」  俺は持ってきていた携帯用のローションをベッドの下に置いてあったリュックから取り出す。 「なにそれゴム?」 「いや、ローションだけど…」  俺は恥ずかしくてもごもごと返事をしながら、パウチを破る。頼むから深く聞かないでくれと思いながら。 「ねぇ、いつもそんなん持ち歩いてんの?」 「…いつもじゃないけど…」 「じゃあ、今日はヤる気で来たワケ?」 「……そういうわけじゃないけど」  そういうわけじゃないのだけど、端的に言えばそういうわけだった。今日は泊まっていいっていうから、そういう雰囲気になるんじゃないかとか思ってしまったわけだ。そうなった時スムーズにできなかったら嫌だし。そんな機会逃したくないし…。  でもマジでこうなるとは勿論思ってなかった。そうなったらいいな、というゲン担ぎのような気持ちの方が大きかった。  冷静になるとだいぶ先走ってるし、からまわっているしで恥ずかしい。数時間前の俺は何を考えていたのだろう。 「ウケるんですけど」 「別にいいだろ!そうなるかもしれないくらい思ってたって!」 「あー、まー分かるわ。俺も童貞だった時、無駄にゴム用意して女の子に会ってたし」  俺は和田のフォローか揶揄か判断がつかない発言は無視して、ローションを手のひらに出すとそのまま穴に押し込めるように指を差し入れた。 「ちょっと待ってて…慣らすから」 「俺のちんこ萎えちゃうよ。口空いてるなら舐めててよ」 「分かったよ…」  俺は和田の性器に口をつけた。左手で自分を支えて、右手で指を穴に突っ込む。顔は和田の足の間に埋める。AVでしか見たことのないような光景に本当にもう何をしているかと自分で自分に呆れる。興奮どころかどんどん冷めていく。  指はローションの滑りを借りて指を抜き差ししていた。二本までならなんとか入った。バックからは気持ちよさのようなものは全く感じないし、口では和田のものを舐めさせられてて、どっちにも集中できず中途半端だ。 「どう?」 「よく分かんないけど、いいよ…」  どれくらい慣らすのが正解なのか分からないが、和田が急かしてくるので半ばヤケクソな気持ちで身を任せることにした。  和田はさっさと俺に性器をあてがってくる。前戯的なものは期待していなかったが、即物的すぎてがっかりする。  いいのかな。俺の初体験、こんなんで。  こんな奴で。本当にいいのか?  だけどいつか適当にアプリとかで出会ったヤリモク相手の男とヤるくらいなら、せめて好きな人とできた方が…… 「っ!?い、いたっ…」  考えている間もなく、和田が突っ込んできた。普通に痛くて俺は抗議の声を漏らす。 「ちょ、声出さないでよ。萎えるじゃん」 「っ、ごめん」  和田は少しだけ苛ついた声を出した。俺の腰は引けてるし、狭くて上手く入らないようだった。   体を無理やり拡張されるような衝撃が走る。切れてないか心配になる。  和田は遠慮なくぐいぐいと俺の中に入ってくる。内臓を圧しあげられているような圧迫感で俺は嫌な汗をかいていた。全然気持ちよくない。なんだこれ。ただただ苦しい。  俺はできるだけ鼻から息を出して声を出さないように気を付けたが、それでも和田が腰を進めるたびに勝手に漏れるので腕を噛んで耐えた。 「せっま……でも入ったな…」  和田は挿れてから少しだけ動かさずに慣れるのを待ってくれた。少しだけ痛みは軽減したが、内臓を押されているような圧迫感は変わらない。  どこが気持ちいいんだ!!やっぱりネットは嘘ばかりだ!と俺は今まで獲とくしてきた情報を恨んだ。  やがて、和田は腰を動かしてきた。 「あ、やばい、めちゃくちゃ締まる」  和田は勝手にローションを足すとだんだんと抽送のスピードを早める。 「う、あ…待って、もう少しゆっくり」 「喋らないでってば」 「……!!」  俺は腕を再び噛んで言葉が出ないように努めた。肉と肉がぶつかり合うような音が聞こえる。俺は目を瞑って衝撃に耐えながらどこか他人事のように、ほんとにこういう音が鳴るんだなあとぼんやり思った。 「っ!!」  思い描いていた好きな人とのセックスの幻想がガラガラ音を立てて崩れていくようだった。  俺の腰を掴む和田の掌の熱と、和田が漏らす吐息の音、そして時折背後からふわっと漂う和田の汗の匂いだけが俺を僅かに興奮させた。せめて正常位でヤれたらなあ、と自分の体とは遠い場所でそんな事を考えていた。 「あ、イク」  という和田の呟きで俺はハッと意識を戻す。やがて自分の中で和田が果てるのを感じ、俺は達成感や満足感より、やっと終わったという安堵感と激しい疲労感だけが自分の体に残った。  初めてのセックスはなんだか思ってたのと違った。もっと甘くていやらしくて気持ちの良いものだと思っていたが、なんだかしんどい検査でも終わったような気持ちだった。  和田はどう思ってるんだろう。ちらっと和田を見ると大の字にベッドに横たわっていた。俺は体内から漏れてくる精液をティッシュで拭うと、さっさとスカートを脱いだ。 「…どうだった?」  と恐る恐る聞いてみる。 「生でヤレるのはいいかも」  和田はいつもと何も変わらなかった。俺とセックスしたことについて感慨などないらしい。出す場所が上か下かくらいの違いしかないのだろう。 「……」  帰らないと。人が来るらしいし。俺は勝手に肩透かし喰らった気になって、早急にこの場を去りたくなった。そもそもなんで居るんだっけ? 「シャワー借りてもいい?すぐ帰るから」  しかし、さすがに尻からたらたら精液が垂れてくる状態で帰れない。 「んじゃ、一緒に風呂でも入るか」 「えっ!?」  そんな提案をされると思わず、俺は思わず和田を見る。 「あ、やだ?カップルっぽくね?って思ったんだけど」  和田はいつものふざけているような笑いに加えて僅かに同情でもするような困った顔を向けていた。拾えない捨て猫でも見てるような顔だった。 「嫌じゃない…」  俺はその顔を見ていられず視線を逸らして返事をした。 「光輝ー、入っていい?」 「う、うん!」  先にシャワーを使わせてもらって俺は浴槽の中で和田が来るのを待っていた。和田の声かけに思わず浮かれたような返事をしてしまって恥ずかしくなる。  和田の家のシャワーは何度か借りたことがあったけれど湯舟に浸かるのは初めてだった。広くて足が伸ばせる。うちの風呂場はもう俺の身長だと足を完全に伸ばして入るのは無理だった。だけど俺は浴槽の隅で体育座りをしていた。  和田にちゃんと裸を見られるのは初めてなので何だか恥ずかしかったのだ。と言ってもお湯は何か入浴剤が投入されていて白く濁っていたが。 「なんでそんな縮こまってるん?」 「別に……」  心臓がドキドキしている。セックスしたあと一緒にお風呂に入るなんてシチュエーションを体験できるとは思わなかった。浮かれた顔をしているかもしれない。見られたくなくてできるだけ下を向いていた。もう既にのぼせそうだった。  和田は頭からシャワーをかぶりシャンプーで髪を洗ってトリートメントをつけた。その間にボディソープで体を乱雑に洗って、洗顔フォームで顔を洗った。最後にトリートメントを洗い流して、シャワーの栓をキュっと閉めた。俺はその一連の動きを横目でじっと見ていた。  和田の肌は綺麗だ。それからプロポーションがいい。腕とか腹とかの筋肉のつき具合も絶妙で、しなやかだ。触りたいな。今日どさくさに紛れて触れるかな、って思ったけど結局何もできなかったな。ずっと後ろ向かされてたし。  早くも先ほどの初体験が黒歴史になりかけている事に気分が沈む。あっという間に終わってしまったし。つまらない気持ちを吐き出すように、俺は口まで浸かって息を吐いた。泡がぶくぶくと浮き出ては弾けて消えた。 「お湯、いい匂いがする…」  湯舟は濃厚なハーブのような匂いがする。そして白い。甘ったるくて溶けたバニラアイスの中にいるようだった。 「あーそれね、なんか海外の入浴剤?誰かが置いてったやつ」 「……」  言わなきゃよかった。この家には俺以外の人間の存在がところどころに点在している。俺の存在もどこかで微かに染みにようになっているだろうか。なっていればいいのに。そしてその染みを見て俺の知らない誰か今の俺のように不愉快になっていればいい。と妄想していたところで俺はハッとする 「時間大丈夫なの?」  和田は誰か来ると言っていた割に随分のんびりしている。和田の女との鉢合わせはいくらなんでも嫌だった。 「あー、あれね。いいよ。あっちの方断ったから」  と言いながら、和田はざぶんと浴槽に入ってきた。湯船からお湯がザバっと溢れた。 「え…」 「だから気にしなくていいよ」  和田は俺と反対側にのんびりと背中を預けてお湯に浸かっていた。遠慮なく足を俺の方に伸ばしてくる。足の裏が俺の体に当たるがお構いなしだった。 「……」  もしかして勝てた?俺は和田に群がる女の1人を出し抜けたんだろうか。  少なくとも今日はその女より俺を優先してくれたのだろう。 「そう…なんだ…」  なんだかやっと報われた気がして、張り詰めていた糸がぷちんと切れた俺はお湯の中に沈んでいきそうだった。 「……嬉しい」  俺は気持ちが解けたせいか、ついぽろりと素直な気持ちを呟いてしまった。 「そんなに花火見たかった?」  和田がわざとそう言ったのは分かっている。花火を見たかったんじゃない。和田と一緒に居たかったのだ。それは和田もわかっているだろう。でも和田的にはそういう答えはNGらしい。 「うん……」  俺はそう言うしかなかった。 「腹減ったー。今日人が来る予定だったから絹代に飯頼んでないんだよ。なんか頼む?」 「俺が作ろうか?光が食べたいやつ」 「マジ?俺お好み焼き食いたい。作れる?」 「そんなんでいいの?」 「お好み焼き食いながら花火とか最高じゃね」  と和田は屈託なく笑う。俺はその和田の笑顔に心臓がぎゅうとなる。和田が友達みたいに笑っているのを見るのは2人で手持ち花火をした時以来な気がする。 「うん…材料買ってくる」  俺はマンションのすぐ近くにあるスーパーに駆け込んだ。スーパーでは浴衣を着た人や酒を買っている人で溢れていた。  手土産代として渡されている分から馬鹿だと思いながらプライベートブランドではなくきちんとしたメーカーから出ている高いものを買った。素材もできるだけ国産を選んだ。豚肉とシーフード、キャベツ、餅、チーズ、天かす、卵、粉。冷蔵庫にあるか分からないからマヨネーズとソースも。できるだけ和田に美味しいと思って欲しい。  家に戻ると和田はキッチンの吊戸棚からガタガタとホットプレートを出していた。 「お帰り。ホットプレート見つかったからこれでやろうぜ」  と子供のように笑っていた。性行為以外のことをできる事が嬉しくて俺もつられて自然と笑ってしまう。 「いいじゃん、祭りっぽくて」 「だろ?」  俺はさっそく台所を借りてキャベツを千切りにしていく。和田の家の包丁はするするとよく切れた。 「すげー、光輝って料理できんの?」 「凝ったのじゃなければ…炒める系ばっかだけど」  こういう普通の会話するのいつぶりだろう。親しい友人もなく三年生を過ごしていたので、ちょっとした対話が楽しい。ひょこっと覗いてくる和田は子供のようで可愛かった。  熱したプレートに生地を流して焼き固めて、ソースとマヨネーズをかける。最後に青のりとおかかをかけて切り分けて和田の皿に放り込んだ。  和田は焼き立てにも関わらずすぐに口に入れた。よっぽどお腹が空いてたようだった。 「なにこれ、うまっ」 「そう?良かった」 「お好み焼き久しぶりに食ったけどうめーな。」 「たまに食べると美味いよな」 「だねー。ってか、絹代の飯も美味いんだけど、上品すぎるんだよね」 「俺が、作ろうか…?夏休みの間。光が好きなもん。多分、大体作れるよ」 「ほんと?マジで頼んじゃおっかなー」 「あ、やべ写真撮り忘れた。食いかけだけどいっか」  和田ははしゃいで写真を撮る。飯を作ってこんなに喜んでもらったの久しぶりだ。  父が入院して帰りが遅くなる母のために初めて料理を作った時、母は泣くほど喜んでいた。その時を思い出してなぜだかズキッとする。  俺はよぎった思い出を振り払うように再び新しい生地を焼き始めた。 「食べないの?」 「あとで食べる」 「はい、あーん」  和田は一口サイズのお好み焼きを箸でつまんで俺に向けてきた。戸惑ったが食べる。ソースと青のりの香ばしい香りがした。 「はは、ヤギみてぇ。なんか光輝って草食動物っぽいんだよな」 「うるさ」  と言って俺も今日初めて笑った気がする。  和田とこういう時間を過ごしたかったのだ。と思い至り、俺は何だか泣きそうになった。好きな人と性行為をする事にはもちろん憧れも興味もあった。でもその前に普通にご飯作ってあげたり、一緒に食べたりなんでもない会話をしたり、そういう事をしたかった。そういう事を重ねた果てにセックスをしてみたかった。すれば良かった。少なくとも性行為の代償にしてもらう事じゃなかった。  和田は珍しくバクバク食べていた気がする。何度も美味しいと言ってくれた。俺の記憶だと和田はあまり食べ物に興味がなくて、食べてる時も補給という感じだった。美味しそうに食べている時がない。  でも和田はでかめのお好み焼きを2枚ぺろっと食べてくれた。珍しく和田はスマホをいじらずに俺と色んな話をした。家族のこと、好きな食べ物のこと、やってた部活とか好きな芸能人とか。どうでもいいことを初めて色々聞いたし話した気がする。  そして俺は改めて思い知る  好きだ。  どうしようもなくこいつが好きだ。  花火は思ったよりも遠かったがそれでも充分だった。和田は花火じゃなくてソファに寝っ転がってスマホを見ていた。俺だけがベランダ近くに椅子を置いてぼんやり遠くの花火を見ていた。部屋の中には先ほど焼いたお好み焼きの匂いが残っていて、昔小学校の友人たちと行った花火大会を思い出した。いい匂いの屋台とたくさんの人の喧騒。子供たちだけで夜に出かけられるドキドキ感。  ドンドン、パララ…  という音が静かな部屋の中に響いてくる。今は電気を消した暗い部屋で和田と二人。俺は花火から目を離さずに背後で寝っ転がる和田に向けて問う。 「光って俺のこと好きになってたりしないの?」 「らしくないこと聞くじゃん」  はは、と笑いながら言われてしまった。 「だって……」  セックスまでできたじゃん。とは言わなかった。 「男の子では1番可愛いと思ってるよ」 「あ、そう……」  なんだそれ。 「それ久しぶりに聞いたな」  と和田は笑った。俺は和田が好きだ。嫌いなところの方が多いのに好きだなんてとんでもなく矛盾しているけど、多分好きという気持ちは理屈じゃないのだ。こうだから好きとか、理由があって惹かれているうちは恋じゃないのかもしれない。  和田が好きだ。その気持ちが抑えられない。吐露したい。ぶちまけたい。聞いて欲しい。そして受け止めてほしい。  和田はこんな関係になっても俺を好きじゃないのか?誰でもいいのか?それが男でも。  知りたい。  和田の気持ちが知りたい。  お前は俺の事どう思ってるんだ。 「光」 「うん?」 「好きだよ」  俺の心臓はばっくんばっくんと激しく鳴っていた。せっかくお風呂に入ったのに変な汗が出てくる。  もし和田も俺の事を好きでいてくれるなら、俺はこの先和田と一緒にいられなくても生きていける気がする。好きな人と両想いになれたという事実だけで生きていける気がする。  和田の気持ちを知りたい。少しでも俺を好きになったりしていないのか。 「……俺も。光輝といると落ち着く。光輝は俺に何も求めてこないからいい」  それはそうであれという呪いの言葉だ。そういう俺じゃなかったらすぐ捨てると警告されている。  俺の告白は無かったことにされた。 「わかった」  そして俺は「了承」した。    和田は俺のことなんて全然好きじゃないのだ。花火はいつの間にか終わっていた。  深夜になっても俺は寝付けなかった。隣では和田が眠っている。寝室のでかいベッドは男2人が寝てもそう狭くはない。    今日、俺は本当に報われたのだろうか?  これが俺のしたいことだっただろうか?  辛いのか嬉しいのか分からない。理由不明の涙が出てくる。  好きな人とセックスをした。  でも好きな人は俺を好きではない。  涙がこめかみを伝って和田のベッドのシーツに吸い込まれていく。瞳に涙が張って視界が揺らぐ。ベッドの上の窓がぐにゃりと歪む。月が出ていた。怖いくらいに光っていた。俺の虚ろな心を嘲笑うように満月だった。
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