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⑦ 猫獣人は希少価値が高いそうです

 ──あれ? どうしたんだろう。体が重い……。  カフェで自己紹介をしたあとレオの家にお邪魔して、出されたアイスティーを飲んだところまでは覚えているのに、その後の記憶がない。  思うように動かない体をゆっくりと起こし、重いまぶたをそっと開けてみた。なんだか周りは薄暗い。……ああそうだ、この空間には見覚えがある。レオが僕を病院に連れて行く時に利用していたキャリーの中と一緒だ。暗くて狭くて不安になったのを覚えている。そんな僕の不安を取り除こうと、レオは大丈夫だよってずっと声をかけ続けてくれた。そんなレオが大好きだった。  でも、今僕の脳裏に浮かんできたのは、大好きだったレオではなく、ライオネルの姿だった。僕の心は、こんなところに閉じ込められたことへの不安よりも、このままライオネルに会えないかもしれないという不安が大きくなった。いやだ、このまま会えないなんて!  僕はここから早く抜け出したくて、少しでも情報を得ようと自慢の耳に意識を集中させた。 「あー、いいもん見つけたから、取引しようぜ。希少だから、きっとみんな欲しがるさ」  しばらくして、遠くから足音が聞こえてきたと思ったら、シーンと静まり返っていた部屋のドアがバンッと勢いよく開いた。そしてガハハハっという下品な笑い声と、誰かの話し声が聞こえてきた。僕はその声の主の顔を見ようと、キャリーの出入り口から外を見た。  「おうおう、お目覚めかい、猫ちゃん。よく眠ってたなぁ。今から良いところに連れて行ってやるから、ちょっと待ってろよ」  そう言いながら近付いてきたのは、レオだったはずの人。話し方は違うけど声が同じだったから。でもアルの好きだった漆黒の髪ではなく、よろよろとした銀髪だった。僕はあまりの変貌ぶりに、思わずシャーっと鳴いて威嚇した。 「おいおい、威嚇すんなよ。ん? なんでだって顔してるな? ……なーんてな、おれには猫の表情なんてわかんねーよ。飼ったことねーしな」  よろよろな銀髪に無精髭を生やし男は、そう言ってまたガハハハっと下品に笑うと、キャリーの出入り口にぐっと顔を近づけて覗き込んできた。気持ち悪い、僕に近付かないで! 耐えきれなくなって、僕は顔を背けるようにぐるりと姿勢を変えた。 「お前とはここでお別れだし、最後に教えてやるよ。俺はレオなんてやつじゃねーし、この街のもんでもねぇ。たまたまお前らの話を聞いて騙してやろうって思ったら、超簡単に引っかかるしホイホイ付いてくるし。危機感なさすぎじゃねーの? こんな簡単に大金が手に入るなんてな。笑いがとまんねーぜ」  レオじゃなかったんだ……。せっかく会えたと思ったのに……。  小馬鹿にされたことよりも、やっと会えたと思っていた人がレオじゃなかったという事実に、僕は落胆した。猫の姿だから悲しみで涙は出てこないけど、感情がないわけじゃない。僕はレオとの大切な思い出を汚されたようで、悲しみでいっぱいになった。 「この世界じゃ、猫獣人って希少種なんだってな。金稼ぎでいろんな世界渡り歩いたけどよ。こんなに簡単に稼げたのは初めてだ。……もう一人猫獣人いただろ? あいつも一緒に連れて行ってやるからさ」  え? ……ライオネルもってどういう事?  男の言っていることの意味がわからず困惑していると、遠くが何やら騒がしくなっていた。足音と叫び声が聞こえてくる。 「アルっ! 大丈夫かっ!?」  足音がドアの直ぐ側まで近付いたと思うと、バーンと大きな音を立ててドアが開かれた。そこにいたのは、今僕が会いたいと願っていたライオネルだった。けれど助けに来たライオネルをすぐさま静止した男は、アルの入っているキャリーをむんずと掴み上げると、ぐっと高く持ち上げた。 「おーっと、それ以上近付くなよ。……こいつがどうなっても良いのか? この世界じゃ、猫獣人って貴重なんだってな。高く取引できるって聞いてよ、笑いが止まらねえよ」 「アルを返せ!」 「やだね。こいつが心配なら、お前も付いてくれば良い。猫獣人だろ? 一緒に売り払ってやるよ」  男は面白そうにガハハハっと、何度目かの高笑いをした。    穏やかなこの街で、こんなに下品な悪党に出会うとは思わなかった。みんな優しくて、不安でいっぱいだった僕にとても親切にしてくれた。街の人達は仲も良くて、お互いに協力しあって生きている。僕はこの街が大好きだ。これ以上汚すような真似はしてほしくない。こんな犯罪に手を染めるやつなんて、必要ない! 出ていけ! この街から出ていけ! そして二度と戻ってこないで!  僕は心のなかで叫んだ。猫の姿じゃなかったら、啖呵きって戦いを挑んでやるのに! ……そう思うと、僕は悔しくて仕方がなかった。

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