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買い物デート 14

「どうして、俺を?」 聞いてもいいものか一瞬迷った。でも、知りたいと思ってしまった。 「それは、その……」 露木君は、少し言いにくそうに言葉を濁す。しばらく逡巡し、視線を店のあちこちに泳がせた後、口を開こうとして直ぐに噤んだ。 店の奥から、莉々子さんがやって来るのがわかったから。 「お待たせ! って、あら? なに? どうかした?」 「い、いえ! なんでもないです」 莉々子さんは露木君のそんな様子に少し不思議そうな顔をしたけれど、すぐにいつもの営業スマイルを浮かべた。 「そう? ならいいんだけど。はい、これ。ノヴァーリスの苗……今度は枯らさないでよ?」 「はい。ありがとうございます。今回は大丈夫。彼が居るから」 「ぅ、えっ!?」 露木君が俺の肩をグッと引き寄せながら意味深な流し目を莉々子さんに向けた。そのあまりの近さに俺は思わず固まってしまう。 「えっ、なに? どういう事!?」 莉々子さんの歓喜にも近いような悲鳴と、俺と露木君をジロジロと見てくる他のお客さんの目が居たたまれない。 「それは、ナイショ」 そう言って、露木君が俺の耳元でクスクスと笑う。その吐息が首筋に触れて、俺は全身がぶわっと熱くなるのを感じた。 そんな俺達の様子を、莉々子さんがニヤニヤと見つめている。 「へぇ〜。ほんっと直人君ってば天然の人たらしよね」 莉々子さんはそう吐き捨てながら、露木君に伝票の裏にサラサラっと何かを書き込んで手渡した。 「はいこれ、今日の伝票。おまけでジャムを一個入れておいたから、食べてね」 「いつもありがとう。 また来るから」 露木君が会計を済ませている間、俺は恥ずかしくて顔を上げる事すら出来ない。 「頑張ってね」 見送りの為に入り口まで来てくれた莉々子さんは、俺の耳元で露木君には聞こえないようにそう囁いて、パチッとウィンクをしてみせた。 「っ!」 い、一体なにを頑張れと言うのか!? 思わず絶句して何も言えずに立ち止まった俺を露木君が振り返る。 「どうした? 椎名」 不思議そうに俺を見つめる露木君の視線が痛い。 「な、なんでもない! 行こう!」 耳まで真っ赤になっているであろう自分の顔を露木君に見られたくなくて、脇をすり抜けて足早に店の外へと歩き出した俺の後ろから露木君の吹き出す声が聞こえた。

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