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新たな日常 ⑤

「この時間はやっぱり混むな」 「そ、そう……だね」 かろうじてそう返事するのが精いっぱいの俺は、膝がガクガクと震えるのを堪えているせいで全く顔なんて上げられない。 だって、こんなに近い距離に露木君の顔があって、その黒い瞳に俺が映ってる。そんな状況、耐えられるわけがない! 心臓が今にも口から飛び出してきそうな位激しく脈打ってる。 こんな気持ちになるなんて、絶対におかしい。露木君はただ単に、俺を人の波から守ってくれているだけだ。 ついこの間、同じようなシチュエーションをNaoの配信で見た。でも、その時とは全然違う。あの時は、ただドキドキしただけで、こんな風にはならなかった。 「椎名、顔真っ赤」 「っ!」 露木君の指先が、俺の頬を掠める。 その感触に、俺の肩が大げさな程跳ねて、思わず息を飲んだ。 「……可愛い」 「なっ!?」 「あ、次で降りるよ」 そう言って、露木君は何事も無かったように俺の身体から手を離すと、ドアの方へ向き直る。 俺は、まだドキドキと忙しなく音を立てる心臓を押さえ、漸く訪れた解放感にホッと息を吐く。そして、ふと気付いた。 どうやら、俺はフラグを回収し損ねたらしい……。 その事は、圧倒的な安堵と、でも、ほんの少しの別の気持ちも混ざって、俺の心に複雑な模様を刻み込んだ。 別の気持ち。……別にその先の事を期待していたわけじゃ決してないし、だから、ガッカリしたわけでもない。 でも、――肩透かしをくらったみたいに、ほんの少し、淋しいと、俺は思ってしまったんだ。

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