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キミが好き ⑧

露木君は俺をジッと見つめながら甘さの滴る指先で濡れた唇をゆっくりとなぞる。その指先の動きが妙に艶めかしくて視線が外せない。 「露木く……」 俺の唇に触れていた指がゆっくりと顎へと滑り落ちる。そのまま掬い上げるように持ち上げられて、露木君の熱の籠った目に囚われた。 「……っ」 驚きに見開いた視界の端に、窓から差し込む朝陽がきらりと揺れたのが見えた。でも、それも一瞬のことで俺の視界は露木君の顔でいっぱいになる。 「ふふ、椎名の顔……茹でたタコみたい」 「っ」 露木君は悪戯の成功した子供のような表情でそう言うと、俺の耳元にそっと顔を寄せた。 「可愛い……。ほんっと大好きだ、椎名」 「ひぁっ」 耳たぶを甘噛みされて、俺は思わず変な声を上げてしまう。 「ふふ、可愛い声」 露木君はそう言って、またクスクスと笑う。その笑い声が耳に直接響いてきて、俺は思わずぎゅっと目を瞑った。 「も、もうっ! からかうのは止めろってば!」 これ以上されたら、俺……本当にどうなっちゃうかわからない。 「からかってなんかないよ。言っただろ? 本気で君を堕とすって」 「ッ」 低く囁かれた甘い言葉に、ざわりと背中を何かが駆けた。 「……っ、お、お、おおっ、俺っ、顔洗って来るっ!」 俺は慌てて踵を返し、洗面所へ逃げ込んだ。そして、そのままズルズルと床にへたり込む。 バクバクと大きな音を立てる心臓に手を当て、大きく深呼吸する。でも、心臓は一向に鳴り止もうとしてくれない。それどころか、俺の顔の熱も引いてくれない。 露木君って、こういう人だったっけ……!? 「あ、朝から刺激が強すぎるよ……」 俺は真っ赤な顔を掌で覆い、一人そう呟いたのだった。

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