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近付く距離感 ⑨

「何飲む?」 「……じ、自分で取りに行くからっ」 「そう?」 カラオケの個室に入って荷物を置いた後、扉が閉まる前に後ろからいきなり抱きしめられて、俺は思わず身を硬くした。 露木君の長い腕が、俺の身体をすっぽりと包み込んでいる。 背中に感じる温もりが、なんだか妙に気恥しい。 2人で利用するには広すぎる位の部屋なのに、何故密着する必要が!? と、咄嗟に逃げようとしたけど、やっぱり無駄な抵抗に終わった。 「やっと椎名を独り占め出来る」 「ひゃっ」 耳元に唇を這わせて、直接鼓膜に囁くように囁かれる甘い声。 なんで、そんな声出すんだよ。ずるい。 しかもなんだって? 独り占めって 「露木君……っ、ちょっと離して……ッ!」 「どうして?」 「どうしてって、えっと……ほらっ、カラオケに来たんだしさ、こんなに密着してたら歌えないだろ?」 言い訳を探して、おたおたと視線を彷徨わせる俺を見て、露木君は小さく笑った。 「そっか。そうだよね」 するりと密着していた身体が離れ、ようやく解放されて俺は思わずホッと小さく安堵のため息を漏らした。でも、 「好きな曲、入れていいよ」 言いながら、デンモクを触る露木君との距離が異常なくらい近いのだ。互いの肩が触れ合うくらいに密着してる。 意識してしまうと、鼓動が早くなって身体がこわばる。 距離が近いし、すごくナチュラルに触れられてるから、妙に緊張する。 これじゃぁさっきの体勢とあまり大差ない。 「そんなに緊張しないでよ。僕まで釣られて緊張する」 「う、そだ……だって、露木君は全然緊張してるようには見えないんだけど……」 「そう? 好きな子と一緒にカラオケなんて初めてだから、凄くドキドキしてるのに……ほら」 腕を掴まれて露木君の胸元に手を引き寄せられる。確かに掌に感じる鼓動はすごく早い。 「ね?」 甘ったるい笑顔で顔を覗き込まれて、俺は大袈裟なほどコクコクと頷いた。 ナチュラルに好きとか言えちゃう露木君、本当に凄いと思う。 俺は多分一生そんなスマートには言えない。 でも、露木君の心臓の音を聞いたら、ちょっと緊張が解れた気がするから、俺も結構単純なのかもしれない。

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