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ヤバい ⑥

「露木君、お風呂空いたよ」 ドキドキしながら浴室を出ると、ソファに座っていた筈の露木君からの返答が無い。 あれ?と思って部屋の中をぐるりと見回すと、テーブルの上にあった筈のノートや参考書が散乱していて、そのソファの上には、静かな寝息をたてる露木君の姿があった。 「……」 そっか、寝ちゃってたんだ……。 はぁ、とガチガチに緊張させていた身体から力を抜いた。 「なんだ……俺、てっきり……」 別に期待してたわけじゃない! 絶対に違う。気が抜け過ぎてポロリと零れそうになった言葉に、俺は慌てて蓋をした。 でも、ちょっと残念な気持ちがあるのも事実で……。 「……」 そっと近づいて、露木君の寝顔を見た。長い睫毛が頬に影を落とし、薄く開いた唇からは規則正しい呼吸音が漏れている。 眼鏡もマスクもない、露木君の素顔。相変わらず、整った硬質な美形だ。 何となく、彼の唇に目が行く。薄いけど柔らかそうな唇。口元のホクロがセクシーさに拍車をかけている。 ふと、カラオケ店でされたキスのことを思い出して、ジワっと腰の辺りに甘い疼きが走った。 「っ……」 思わず手を伸ばして、露木君の唇に触れてみた。指先に感じる柔らかな感触に、ドキドキと鼓動が早くなる。 こんな風に、露木君に触れたい、なんて。甘さの滴るような指先は、まるで自分の仕草じゃないみたいだ。 「ん……」 「……っ」 突然露木君の唇が微かに動いて、俺は慌てて手を引っ込めた。 起きたのかと思って暫く様子をみてみたけど、露木君が起きる気配はない。 良かった……と、ホッと胸を撫で下ろす。 でも、ドキドキと高鳴る鼓動は治まらない。それどころか、さっきよりも更に早くなっている。 どうしよう……俺。 「ッ!?」 その時、不意に伸びて来た手に腕を引かれてバランスを崩した。そのまま露木君の胸元に倒れ込むようにして抱きこまれる。 「露木君……っ、お、起きて……?」 「……」 耳元で寝息が聞こえる。だけど、ギュッと腕の中に抱きこまれて露木君の身体の感触が直に伝わって来て、じわじわと全身が熱く火照り出すのがわかった。 ドキドキと心臓が煩いくらいに鼓動を刻んでいる。こんなの、絶対に露木君に聞こえちゃってる。 狭いソファの上で身じろぎも出来ずに固まった俺を、露木君が更に抱き寄せて来る。 「ちょっ……」 「――椎名」 「っ!?」 寝てる、と思ったのに。 突然名前を呼ばれて、驚いて息を飲んだ。露木君の腕の中から逃げようと身体を捻ったけど、露木君は逆にますます腕に力を込める。 「……駄目。行かないで」 「お、起きて……ッ」 「寝てたよ。でも、可愛い顔が覗き込んで来るから、目が覚めちゃった」 「な……っ!?」 狸寝入りか!! って、それよりも、可愛い顔ってどんな顔!?  誰が!?  俺が!?  露木君の胸に手を付いて何とか距離を取ろうとしたけど、寝起きとは思えない力でしっかりとホールドされてどうにもこうにも動けない。

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