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眠れぬ夜はキミのせい ⑤

「……露木君のバカ」 「あー、ごめんごめん」 露木君が後ろから優しく俺を抱き締める。ふわりと香るのはいつも露木君が使っているバラの香り。 思わずホッと息を吐いてしまった自分に気付いて慌てて唇を噛んだけど、どうやら露木君は気付かなかったみたいだ。 さっきはあんなにモヤモヤしてたのに、露木君に抱き締められると、そんな気持ちが一瞬で何処かに行ってしまう。 「……ね、椎名。こっち向いて?」 「ん……っ」 甘く名前を呼ばれて、ゆっくりと振り返る。 そのまま優しく唇を塞がれた。 「ん……、ふ……っ、ぁ……」 啄むみたいな軽いキスから、次第に深くなる。舌先が絡み合う度に、くちゅりと濡れた音が部屋に響いて恥ずかしい。 「は……ぁ……っ、何するんだっ」 「ふふ、おはようのキス。 と言ってもまだ夜明け前だけど」 そう言って、露木君が悪戯っぽく笑う。その笑顔は悔しい位にカッコよくて、思わず見惚れてしまう。 「……むかつく」 「ええっ、なんで!?」 露木君の胸を軽くパンチすると、露木君はショックを受けたように目を見開いた。 俺は「べーだ」と舌を出してからくるりと露木君に背を向けた。 「椎名?」 「俺、部屋に戻るよ。もう少し寝るから」 「……そっか。じゃぁ、仕方ないかな」 もっとあれこれごねるだと思っていたのに、意外にもあっさりと引き下がって、拍子抜けする。 てっきり駄々をこねられるかと思っていたのに。 「……露木君?」 「ん?」 思わず呼び止めてしまってハッとした。俺、なんで呼び止めちゃったんだろう? 自分から戻ろうとしてるのに、これじゃぁ引き止めて欲しいって言ってるみたいじゃないか。 「あ……、えっと、その……っ、なんでもない」 「そう?」 露木君が少し残念そうな声で呟く。その声に胸がズキリと痛んだ。だけど、俺はそれに気付かない振りをして露木君に背を向けたまま、「おやすみ」とだけ告げて部屋を出た。

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