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トラブルメイカー ⑩
「軽い捻挫だとは思うけど、此処じゃ骨がどうなってるのかわからないから、一応病院に行った方がいいな」
露木君を保健室のベッドに寝かせて、怪我の様子をみた養護教諭の琴宮先生がそう診断を下した。あれだけ派手に転倒した割に、数か所の擦り傷だけで済んだのは不幸中の幸いだけど、右手の包帯がなんとも痛々しい。
「病院だなんて、大袈裟ですよ」
「露木君だっけ。キミはもしかして、バカなのかな?」
ニッコリ笑いながら、先生がサラリと毒を吐く。一見すると女性に見えなくもない綺麗な顔立ちをした先生は、その優しそうな外見に騙されて保健室に来る生徒達に、容赦のない言葉の刃で止めを刺す事で有名だった。
「それ、利き手だよね? 俊樹から大体の話は送られて来てたから何となく状況は掴めたけど、一度ちゃんと見て貰った方がいい。万が一骨折でもしてたらどうする気? ま、君の手がどうなろうが僕の知ったこっちゃないけどさ」
養護教諭にあるまじき発言だと思う。保健室には消毒液の匂いが漂い、白いカーテンが風を孕んでハタハタと揺れている。
「あと、そこの君。怪我は病気じゃないんだから付き添いはもういいよ。もうじき授業も終わる頃だし、さっさと自分の教室に戻ったら?」
冷ややかな視線と言葉が俺に向かって投げ掛けられる。俺は何か先生の気に障る様な事をしたんだろうか。
「たく、相変わらず辛辣だな。|天《てん》は。黙ってたら可愛いのに……」
何も言えなくなった俺達の背後から、よく通る男性の呆れたような声が響いて振り向くと、入り口付近に真っ黒なジャージに身を包んだサトちゃん先生の姿が見えた。
結局、あの後授業はどうなったんだろう? 篠田達は? 聞きたい事は山ほどある。
だけどそれよりも先に、天と呼ばれた琴宮先生が不機嫌オーラ増し増しでサトちゃん先生を睨んだ。
「うるさい。監督不行き届きで生徒にこんな怪我させたのは誰? 堂々と行われてた陰湿なイジメも見抜けないなんて、俊樹の目は節穴なんじゃない?」
「おっと、藪蛇だったか。仕方ないだろ? まさか授業中にあんな大胆な行動に出るなんて思いもしなかったんだから。でもまぁ、藤丸が動画撮っててくれたお陰で、アイツらの悪事が全部白日の下に晒されて良かったよ」
あからさまに不機嫌そうな琴宮先生を適当にあしらって、サトちゃん先生は保健室のドアを閉める。
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