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環と一織

約束の土曜日は曇天。分厚い雲が辺り一面を覆っている。梅雨時期特有のジメッとした空気が肌に纏わりついて鬱陶しい。 「環先輩。こっちこっち」 待ち合わせの場所まで歩いていると、不意に声を掛けられた。見遣れば少し離れた場所に一織の姿がある。 彼は俺を見つけるなり小走りで駆け寄って来た。そしてニコニコと人懐っこい笑みを浮かべて俺の顔を覗き込むように見る。 「おはよう。一織、待たせてごめん」 「大丈夫。俺もさっき来たとこだから」 「そっか。なら良かった」 ホッと胸を撫で下ろすと、一織は嬉しそうに笑う。その笑顔は昔から変わらない、無邪気で幼さを残したもので、 俺は思わず口許を緩めた。 「あ、そうだ。この間言ってた資料。一覧にして纏めといたから」 「マジで!? さんきゅー! 助かる!」 鞄から取り出された書類を受取ると、早速その場で中を確認する。資料にはわかりやすいように見出しが付けられていて、何人かの弁護士の先生別にまとめられていた。 「すごっ、こんなに? ありがとう。露木君もきっと喜ぶよ」 「……あの人の何処が……」 「ん? なに?」 「いや、なんでもない。それよりさ、早く行こうよ」 一織は何かを言いかけていたけど結局何も言わずに歩き出した。その背中に少し違和感を感じたものの、突っ込んで聞いちゃいけない気がして、俺はそのまま黙って後をついて行った。 「そう言えば、アイツは今日は一緒じゃないんだ?」 「え? あー、まぁ、色々あってさ……今日は家で一人でいるみたい」 本当はついて行きたがってたけど、流石にそれは断った。だって、なんか嫌な予感しかしないし……。流石にヤキモチ妬くのわかってて一緒には連れて行けない。 「そっか」 俺の答えに一織は何処かホッとしたような表情をして、そっと肩の力を抜いた。

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