202 / 202
環と一織 ③
暫く歩くと目的の店が見えてきた。父さんがよく利用するスーツの専門店で、俺も小さい頃からたびたび世話になってる。
店先には沢山のスーツがディスプレイされていて、洗練されたデザインのそれらは見ているだけでも凄く楽しい。
店の中に入ると、そこには様々な種類のスーツが所狭しと並んでいて、圧巻される。
「ちょ、此処ってめっちゃ高級店だよ? 俺、普通のとこでも良かったのに」
「え? だって会議だろ? 一織のお披露目だったらちゃんとしたやつ着とかないと」
言いながら一織の方を振り返ると、彼はポカンと口を開けたまま固まっていた。
なんかマズかった? 変な事言ったつもりないんだけど。
「先輩さぁ、金銭感覚絶対ズレてるっしょ。学校の奴らにたかられてたりしないか心配だわ」
「そ、そんな事は……」
正直、耳が痛い。過去に篠田や紗季に上手く利用されていた事実が頭を過って、俺は思わず視線を逸らした。
「あー、あるんだ」
「う……っ。で、でも! 今はもう縁切ったし! 大丈夫だって!」
慌てて取り繕うと一織がジト目で此方を見る。
「本当かなぁ? あーぁ、俺も同じ高校に行けばよかった。もういっそ、そっちに編入しよっかな」
冗談とも本気ともつかない事を言いながら、一織はいくつかのスーツを物色し始める。
一織がウチの学校になんて来たら、きっと大騒ぎになるんじゃないだろうか。
柔らかい物腰と爽やかな笑顔。高身長で、高収入。中学では確か成績優秀でずっと一位を取ってた。誰にでも優しく接する彼は、老若男女問わず人気が高くて、彼の周りにはいつも人が集まっている。
そんな彼がウチに……。そんな事になったら、きっと学校中の女の子が一織に夢中になるに違いない。
「何言ってるんだよ。そっちの学校に彼女いるんだろ?」
「……俺は彼女より、環先輩と一緒がいい」
またそんな冗談を、と言いかけたけど、一織の目が真剣だったから何も言えなくなった。
ともだちにシェアしよう!