203 / 217

環と一織 ④

「はは、なんちゃって。そんなの父さんが許してくれるわけ無いって。それよりさ、スーツ。コーディネートしてよ」 顔に出てしまったのだろうか? 一織はパッと表情を変えて、沢山の服へと視線を移した。 話題が逸れた事にホッとしている自分に気付き、俺は思わず苦笑いを零す。 一織の言動一つ一つにこんなに動揺してしまうなんて……。自分の気持ちを落ち着かせるように深呼吸してから、俺は一織と一緒に店内を見て回った。 「じゃ、試着してくる」 「うん、行ってらっしゃい」 (あ、これ……露木君絶対に似合うかも。 紺色もいいけど、グレーも似合うだろうし……) 一織が試着室に入っていくのを見届けると、俺はハンガーに掛けられているスーツを一枚ずつ手に取っては、頭の中で彼を思い浮かべる。 俺が着ると七五三の衣装みたいになっちゃうデザインでも、彼ならきっと似合うだろう。 どうせなら、今日一緒に来れたらよかったのに。一織に対して失礼じゃないかと思う気持ちもあるけれど、それ以上に彼がいない事が寂しくて仕方ない。 「先輩、コレすっごく着やすい。どう?」 そんな事を考えているうちに、一織が試着室のカーテンを開けて出て来た。 細身の身体にピッタリとフィットしたグレーのスーツは、一織によく似合っていて凄く格好良かった。まるでモデルみたいだと思う反面、俺の知らない一織みたいで少し寂しい気持ちにもなる。 「えっと、似合わない、かな?」 「ううん! すっごい似合ってる! 似合い過ぎて別人かと思ったよ」 「かっこいい?」 「勿論!」 素直に感想を伝えると、一織は嬉しそうに破顔して、「じゃあコレにする」とそのまま、試着室の中へと消えて行った。

ともだちにシェアしよう!