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初めての……
「今日の所は戻るけど、俺、諦めないから!」
「へ!?」
「そこの借金男にだけは負けない! 絶対に!」
それだけ言うと、一織は踵を返して立ち去ってしまった。残されたのは俺と彼の二人だけで……。俺は居たたまれなくなって慌てて口を開く。
「はは、えっと……」
だけど、何か言わなきゃと思うのだけど、言葉が上手く出てこない。ぐるぐると思考だけが空回りして何を言ったらいいのかわからないのだ。
そんな俺の気持ちを察してくれたのか、彼は小さく笑ってからゆっくり口を開いた。
「宣戦布告されちゃったね」
「……ごめん」
「なんで謝るの?」
露木君が不思議そうに首を傾げる。俺がもっと早くにアイツの気持ちに気付いてやれてたらこんな事にはならなかったかもしれない。そう思うと、申し訳なさでいっぱいになる。
俺が黙ったまま俯いていると、露木君は小さく笑ってから俺の頬に触れた。そのまま顎を持ち上げると、額にちゅっと軽いリップ音を残して離れていく。
突然の事に驚いて顔を上げると、大きな手が俺の頭をワシワシと撫でた。
「ちょ、なんだよ」
「んー、ちょっと撫でたくなっただけ」
「は!?」
意味わかんない。と言いかけて言葉を飲み込む。笑ってはいるけど、露木君の目が何処か困ったような、不安げな色をしていたからだ。
「環を疑ってる訳じゃない。けど、あんな風にハッキリ宣言されちゃうと、やっぱりちょっと複雑だよね」
露木君はそう言いながら俺の手をぎゅっと握り締めた。きっと不安なんだろう。繋いだ手がしっとりと汗ばんでいるのは、湿度が高いせいじゃない筈だ。
「大丈夫。一織には悪いけど、何度言われたって俺の気持ちは変わらないから」
言いながら、露木君の手を握り返すと彼は安心したように表情を僅かに緩めた。
頬に冷たい雫が滴って、頬を伝い落ちていく。
「やば、傘持ってない!」
糸のように静かに降り始めた雨粒は、みるみるうちに勢いを増して大粒の雫へと姿を変えた。
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