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第9話
ノックと共に晴輝の声が聞こえる。
あの激しい衝動は治ったものの、飢えは変わらない。
「リオ、擬似飲料腹持ち良くなるように、ちょっと改良した」
扉の隙間から、ストローの刺さったジッパー付きの袋が姿を現す。
それを感謝の言葉を伝えて受け取る。
晴輝は熱中すると周りが見えなくなる程、研究熱心な料理人で、自宅のキッチンも、見るに耐えないほど大量の試作品で埋め尽くされている日が頻繁にあるが、今は晴輝が人の笑顔を第一に考える料理人であってよかったと心の底から思う。
扉に背を預け、ストローを喰み、一気に口内に取り込む。
液体が舌に触れた瞬間、舌の奥の方から唾液が溢れ出る。今までに感じたことのない旨味と、深い香り。
一瞬頭がくらっとしたかと思えば、全身に血液が巡るのがわかるほどの心臓の拍動。
パックは一瞬にして空になった。
胃がじんわりと熱くなる。どれだけ摂っても満たされなかった体が、満ちてゆくのがわかる。
まるで快楽。
頭がボーッとする。
暫くし、冷静になり頭が回り始めた。
「なんだこれ…」
晴輝がいくら腕のいい料理人であっても、この液体の出来は異常だった。嫌な予感がした。
「いや…んなわけ」
パックを放り捨て、扉を蹴破るようにして部屋を出た。
キッチンに立っていた晴輝は驚きで丸くした目をこちらに向ける。
「リオ?」
「入れてねぇよな…?」
「どうした?味、変だった?」
「晴輝の血、入れてねぇよな?!」
つい大きな声が出てしまう。
どうか自分の勘違いであって欲しい。
「あぁ、えっと…」
頼む、否定してくれ。入れてないと言ってくれ。
「んー、ごめん。やっぱりわかったか…」
苦笑いして、受け入れたくもない言葉を放った晴輝に、様々感情がごちゃ混ぜになり、涙が流れる。
晴輝は気まずさから下に目線を下げた。
『ごめん』『なんでそんなことを』『ふざけんじゃねぇ』『自分を大事にしろよ』『騙したのかよ』言いたい言葉が沢山頭の中を駆け巡り、全て奥歯を噛み締めて押し殺した。
「晴輝」
悲しげに俯く晴輝を後ろから優しく抱きしめた。
晴輝は付き合い始めた当初から、自分の血を飲ませたがっていた。
どこから得た知識なのか知らないが、いつも『本物を吸血するまで慢性的な飢えで、体も心も満たされず、ストレスのかかった状態なんでしょ?早くそんなつらい日々から解放されてほしい』と言っていた。
その言葉が、今でも心に残っていた。そんな思いを抱えていた晴輝の善意の行動を責めることはできなかった。
「無茶すんなよ」
「リオの辛さに比べたら、こんなの平気だよ」
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